ヒロコのサイエンスつれづれ日記

フリーのサイエンスライターです。論文執筆・研究・キャリアについて発信していきます。

論文はクリティカル・シンキングで挑め!

読者の皆様、大変ご無沙汰しております。

久しぶりのブログ、今日は

「論文の読み書きに役立つクリティカル・シンキング」について考えてみます。

 

 

クリティカル・シンキングイメージ

自分の推論に批判の目を向ける、それがクリティカル・シンキング

 

論文の読み書きに重要なクリティカル・シンキング

突然ですが、へんな質問からはじめてみます。
みなさん論文を書くとき何をチェックしていますか?
規程書式? たしかに基本の押さえどころです。
論文形式? これぬきには始まらないですね。
研究成果や主張の述べかた? そうそう論文の肝ですから。

 

ほかにも
データを正しく用いているか
引用はきちんと確認できているか……
など、挙げればキリがないのになぜそんなことを?
と思われるでしょうが、以下のようなポイントは意識されているでしょうか?

 

  • 読んでいる論文に前提が抜け落ちていないか
  • そこで述べられている前提は正しいか
  • 各要素に相関関係・因果関係がしっかりとあるか

 

これらは
クリティカル・シンキングもしくは批判的思考
と呼ばれる思考方法のチェックポイントです。

 

今回は論文の読み書きに重要なポイントとして
クリティカル・シンキングを見ていきたいと思います。
実践してこなかったというかたも
すでにやっているよというかたも
冷やかし半分でおつきあいくださるとうれしいです!

 

クリティカル・シンキングの意味と先行研究

さて、そもそもクリティカル・シンキングとはなにか?


英語の「critical」の語源はギリシャ語のkritikosで
「判断する(judge)」につながっています。
日本語の訳語の一つ「批評的」にあてられる意味は

 

物事の是非などを吟味し疑ってみること

 

です(『大辞泉』第二版、小学館)。

 

クリティカル・シンキングの定義はさまざまありますが
先行研究として名前が挙がるのは、

 

 

クリティカル・シンキングとはなにか―3つのキー

クリティカル・シンキングの測定尺度を開発したエドワード・グレイザーは
クリティカル・シンキングに必要な3つとしてこのように書いています[2] 。

 

  1. 経験から生まれる問題やテーマを思慮深く検討しようとする姿勢(An attitude of being disposed to consider in a thoughtful way the problems and subjects that come within the range of one's experiences.)
  2. 論理的な探求と推論の方法にかんする知識(Knowledge of the methods of logical inquiry and reasoning.)
  3. 1・2を適用するスキル(Some skill in applying those methods.)

 

簡単に要約すると、

 

  • 吟味・熟考……主張・情報を安易に受け入れるのではなく、その前提となるもの自体を問い直す
  • 判断・決定……吟味・熟考における問い直しをもとに、妥当と考えうる判断・決定を下す
  • 自己省察……以上の判断・決定をあらためて問い直し至った過程を自分で捉え返す

 

というキーにまとまります。

 

なんとなく正しそうだと根拠なく受け容れるのではなく、
自分の規準(criteria)に照らし合わせながら判断・評価する、というわけです。
グレイザーは「吟味」が最も重要だと説明しているのですが、
こうして批判的態度を繰り返す過程を見るとよくわかりますね。

 

このように見てくると、


クリティカル・シンキングとは
他人の主張を鵜呑みにすることなく、自分で吟味し評価する


ことだとひとまずいえると思います。

 

論文におけるクリティカル・シンキングチェック項目

では、これらをあらためて研究論文の読み書きに当てはめてみるとどうなるでしょう。
先に述べた「吟味・熟考」「判断・決定」「自己省察」を経れば、

 

たとえば

  • 先行研究の前提をそのまま受け入れていないか
  • 結論が論理的に正しく導かれているか
  • 自分の判断基準や研究からどのように検証・評価を加えるか

 

などのチェック項目は簡単に浮かび上がるのではないでしょうか。


論理的な探求や推論が行われているかを見極めるため
クリティカル・シンキング
科学論文を読み書きする際の重要な基礎となる理由は
もうおわかりですよね。

 

日本語の批判という語は一般的には相手を批難するようなイメージですが
クリティカル・シンキング
むしろ、自分自身の推論に批判の目を向け
論理的で偏りのない思考を導くポジティヴな方法だと言えます。

 

おわりに

この記事を通してみなさまの研究活動が
より活き活きとした意義深いものになるよう
お役に立てば幸いです。
ここまでおつきあいいただきありがとうございました!

 

 

[1]: アレク・フィッシャー著・井上尚美訳『クリティカル・シンキング入門』ナカニシヤ出版

www.nakanishiya.co.jp

 

[2]: Edward M. Glaser, "An experiment in the development of critical thinking." AMS Press, 1972. (Reprint of the 1941 edition.)

 

研究倫理審査はこう乗り越えろ!(後編)

さて本日は、昨日投稿した前編に続きまして、研究倫理審査を乗り越えるための準備段階でクリアしておきたいポイントについて書いてみます。

 

 

倫理審査チェックポイントイメージ

倫理審査をスムーズに通過するためのチェックポイントがあります

 

3. 忘れるとピンチ事項

この準備ができていないとピンチ!という項目はこちらです。

  • 提出先の確認

研究体制や審査の依頼先によって、様式だけではなく、細かな流れや提出書類が変わります。まずはしっかり把握しましょう。

利益相反状況の審査は申請の都度受ける必要があります。研究活動中によくある利益相反については、こちらの記事に比較的わかりやすくまとめられていました。

  • 講習の受講

組織機関によって指示がありますが、研究責任者もしくは研究分担者全員が臨床研究に関する講習を受講することは必須です。eAPRINなどのe-ラーニングの活用が多い印象です。大学院生、学部生も含んだ条件なので、万一がないように確認が何より大事です!研究倫理に対する研究者としての心得を理解するには、日本学術振興会のこのeラーニングが有効です。

 

4. FINERと PECO で研究の概要を整理

研究背景や意義を考える際に使われる、FINER やPECOという略語をご存じですか? 響きがかわいらしくて覚えやすいですが、これらはいわゆる「リサーチ・クエスチョンResearch question」という研究計画の構造化に関するもの。またもや身も蓋もなく書くとFINERは研究意義のチェック指標、PECO(もしくはPICOT)はその構造、です。

 

FINAERとPECOは、研究倫理審査委員会に提出する申請書類作成時にもとても役立ちます。

 

FINER
F: feasible(実行可能性)
I: interesting(興味深さ、面白さ)
N: novel(新しさ、独自性)
E: ethical(倫理性)
R: relevant(必要性、社会的意義)

 

つまり、この研究ってほんとうにやる意味があるの? のチェックになっています。

 

そしてPECOは具体的に疑問を組み立てること。

 

PECO
P: patient(研究対象となる対象群) 誰へ
E: intervention(介入) 何をすると
C: comparison(比較対照群)何と比較して
O: outcome(結果、効果)どうなる?

( 参考:福原俊一著、健康医療評価研究機構発刊「リサーチ・クエスチョンの作り方」 2008)

 

このようにリサーチ・クエスチョンで「何がわかっているのか」「何がわかっていないのか」「何が問題なのか」「なぜ必要なのか」を洗い出せてくると、必要な情報が整理され、倫理審査申請書の作成もだいぶ楽になってきます。

 

5. 最後の見直し点は「てにをは」?!

しかしながら、どんな突っ込みがあるだろうか、と緊張していると、倫理審査の過程で圧倒的に多いのは実は軽微な指摘です。そう、ここまでやって返ってくる指摘は「てにをは」だったり「句読点」だったりするのです。何とも言えない気持ちになります。

 

そんなわけで、最後に以下、見直すときに役立つチェック項目を挙げておきます。

 

  • 三者が読んで伝わるか?
  • 誤字脱字を含むミスがないか?
  • 目的と評価項目が対応しているか?
  • 客観的に誰でも判断できる基準を設定しているか?

 

書いているとどうしても視野狭窄になるので、こういう細かなところは研究室や同僚の目を通してもらうのがいちばんいいように思います。

 

6. 倫理審査の概要をビデオで学ぶ

今回は自分の苦労をもとに書いて長くなってしまいました。倫理審査自体がかなり細かな手続きなので、なかなか説明はたいへんですね。

 

ちなみに放送大学YouTube動画にて倫理審査の概要が包括的に紹介されています。申請書類の一部である研究計画書作成の基本を抑えたい方はぜひ一度視聴してください。

 

youtu.be

 

それでは、また次回も何か皆様の研究生活のお役に立てるトピックで、つれづれと文章を書いてみたいと思います。

 

最後までお読みくださりありがとうございました♪

 

 

研究倫理審査はこう乗り越えろ!(前編)

こんにちは!

 

新しい環境での新しい研究生活が始まってしばらく時間が経ち、教職でも学生でも、研究の途にいる皆様はいろいろと書類作成をしなければならない場面もあると思いますが、みなさんめげずに過ごしていますか? 

 

研究者時代、ある程度キャリアをつみ大量の書類を書くようになってもなおつらかったのは、倫理審査委員会に提出する申請書の作成でした。事務作業が苦手なわたしには天敵で、胃の痛くなる作業でした。

 

四角四面な研究倫理審査(冗談です、過去の倫理違反案件から学ぶべき不可欠なプロセスです)にまつわるあれこれに泣いたのはわたしだけじゃないはずなので、今回は「倫理審査はこう乗り越えろ!」というテーマで、前・後編に分けてまとめてみます。

 

前編は、「研究の倫理審査とは」そして「倫理審査申請書類のひな形をチェック」です。

 

 

倫理審査イメージ

まずは倫理審査の基本方針を理解しましょう



1. 研究の倫理審査とは

まず基本の「倫理審査とは何か」という点をおさらいしておきます。ひとまず身も蓋もなく要約すると、

 

人を対象とした研究において
倫理的観点=人間の尊厳および人権が守られるか
科学的観点=研究が適正に推進されるか

 

を審査するプロセスです。厚生労働省が定める「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(平成26年文部科学省厚生労働省告示第3号)」で求められる要件を満たした機関・委員会によって執り行なわれます。詳細はこちらの厚生労働省の指針をご覧ください。

 

「人を対象とした研究」という明記からわかるとおり、医学分野の研究においては倫理審査のプロセスは必須です。

 

余談ですが、日本の人文学・社会科学系では医学系と異なりまだまだガイドラインが少なく、学内規程が明確に整備されていない場合も多々です。「pixiv論文問題」(2017年)等が有名ですね。この問題についてはまたの機会に考察してみたいと思っています。

 

本題に戻ります。倫理審査の方針には、倫理的観点と科学的観点が含まれます。

  • 倫理的観点……研究対象者の権利,安全および福利・ウェルビーイングが保護されているか
  • 科学的観点……研究対象者を不用意にリスクや損失にさらすことなく,適性に根拠の提示をしているか

 

人間を対象とした研究である以上「負担ならびに予測されるリスクおよび利益の総合的評価」(リスク・ベネフィット評価)は不可欠になりますし、当然研究計画も科学的な見地から審査されます。

 

実際の倫理審査は下のような基本方針にそって行なわれます。

 

  1. 社会的および学術的な意義を有する研究の実施
  2. 研究分野の特性に応じた科学的合理性の確保
  3. 研究対象者への負担ならびに予測されるリスクおよび利益の総合的評価
  4. 独立かつ公正な立場に立った倫理審査委員会による審査
  5. 事前の十分な説明および研究対象者の自由意思による同意
  6. 社会的に弱い立場にある者への特別な配慮
  7. 個人情報等の保護
  8. 研究の質および透明性の確保

 

この長さだけで軽くめまいを起こせます……。

 

2. 倫理審査申請書類のひな形をチェック

さて、一度でも倫理審査申請をしたことのあるかたは共感してくださると思うのですが、審査よりもつらいのが、倫理審査委員会への申請までの準備! ……だとわたしは思います。

 

たとえば、文部科学省の「人を対象とした医学系研究に関する倫理指針」にある20以上の項目から自分の研究に必要な記載事項がわからずに混乱したり、対処がわからないことだらけでパニックになったり、とにかくつらかったです。

 

そんなときにわたしがやったのは、ひな形を熟読!することでした。たとえば臨床研究の種類とひな形の種類をざっと書くと以下に分かれます。

 

【観察研究Observational Study用ひな形】
1. 観察研究 

  • 後ろ向き観察研究
  • 侵襲のない前向き観察研究

【介入研究 Interventional Study用ひな形】
1. 観察研究

  • 侵襲のある前向き観察研究(←ミソ)

2. 介入研究すべて

 

大概のガイドは敷かれているので、確実に関係がある研究計画書のひな形をよく理解することが「急がば回れ」だと思います。使用可能な定型文として準備されている場合もあります。

 

臨床研究デザインの種類についてはこちらのページに詳しく載っていますので、よかったらどうぞ。

 

www.igaku-shoin.co.jp

 

後編では、倫理審査申請の準備段階ですべてクリアしておきたいチェックポイントをまとめてみます。お楽しみに♪

 

 

ポスター発表はこう乗り越えろ!

こんにちは。春季の学会シーズンが始まりますね。

 

演者として参加される方は、どんなに前々から準備していたとしても気が脱けることなく、緊張のママ発表の瞬間を向かえるかと思います。多くの方が直前まで、プレゼンの運びや手順のチェック、確認をされるのではないでしょうか。

 

今日は研究者時代の経験を振り返りながら、学会でのポスター発表をうまく乗り越えるヒントについて書いてみたいと思います。

 

 

研究ポスター作成

ポスター作成は、「見る人」の視点で、丁寧に(Photo by Surface on Unsplash)

 

研究ポスターは簡潔に作成

研究ポスターを作成する方であれば、視覚効果にうったえるデザインにするため、ウェブをはじめ研究ポスター作成のコツの情報収集に力を入れることと思います。

 

ポスターセッションに関するノウハウが書かれたウェブサイトがあまり多くないのは意外なのですが、それでも検索であがってくる情報を見ると、下記のようなことが紹介されています。

 

 

ここで大切なのは、直感的にわかる説明/図/キーワードに仕上げることだと思います。

 

発表する際、どのような専門分野の方が聴いていらっしゃるのかわからないため、まずは視覚的な情報提示で概略を理解してもらうことが何より重要になると思います。ポスターはそのためだといってもいいかもしれません。

 

大学や研究者の方が発信しているこちらの情報も参考にしてみてください。研究ポスター作成の概略が摑めると思います。

 

 

目を引くポスターを参考にする

国際学会などに参加したときに、一目見てわかりやすく美しいと感じたポスターのデザインやレイアウトを覚えておき、参考にするのも一案です。

 

その研究ポスターの中でも特に秀でた要素(わかりやすく見栄えのよいインフォグラフィックやチャート)、構成(ポスター内のロジックの流れ)、また色使いなど、自分が気に入った点をメモしておきます。メモをすれば、これから作る研究ポスター、あるいは作りかけの研究ポスターの改善に活かすことができます。

 

海外の研究者が発信するこんなブログ記事も参考になります。このブログでは、縦長/横長の研究ポスターテンプレートをダウンロードでき、研究ポスターを簡潔にまとめるコツも紹介されていることから、多くの研究者が参考にしているようです。

 

なお、ポスターサイズも含めた学会ごとの規定はきちんと確認したうえでの話ですが、自分がポスターを作ったときには文字サイズは最低でも40pt以上と教わりました。小さく読みにくいと書いてあることが頭に入ってこないから、と。

 

  • 具体例A0サイズ
  • タイトル: 100 pt程度
  • 発表者名: 55 pt程度
  • 見出し: 60 pt程度

 

これ位のサイズ感を頭に置いて作っていました。

 

あまりに装飾が過ぎても読みづらいですし、ケバケバしい色にしても学会の雰囲気によっては目立つというより浮いてしまう可能性もありますから、バランスが肝要になります。(もっとも、個性を光らせるキャラクターづけという点ではありかもしれません)。

 

研究ポスターの中に、関連研究のグラフィカルアブストラクト(TOC)の全体あるいは一部を使うという方もいらっしゃるかもしれません。ユニークでインパクトのあるTOCをポスターに盛り込んで観客をひきつけたい、また会話を盛り上げたい。そんな方は、ケムステのこんなポストもご覧になってみてください。研究の分野をこえて、ふっと笑いを誘うウィットのきいた画像作成のインスピレーションを得られるかもしれません。

 

また、根本的な視点から解説がされている以下のサイトも勉強になりましたので、ご紹介しておきます。

 

 

失敗を成功にいかす

ポスター発表に緊張する理由として、その場に立つまでわからない”ナマモノ”だからということが挙げられます。こちらでできることは準備だけになりますから。

 

多くの演者が、ポスターセッションの終了後、以下のような理由で「失敗したなあ……」と感じるようです。

 

  • 文字情報を詰め込みすぎて見にくかった
  • 一見して全体の流れがわかりにくかった
  • 事務的に説明文を読み上げてしまった
  •  発表時間が余って慌てた
  •  時間が足りなくなって焦った

 

この後悔から見えてくること、それは、「ポスター発表成功の鍵は、初めてこの研究を見聞きするひとの立場になって準備すること」ではないでしょうか。

 

あまりに多くの文字情報がポスターに載っていれば、読む側は内容を聞くことより文字を追うほうに神経がいってしまうでしょう。

 

ポスターに書かれていることを事務的に読み上げるのも、同様に相手への意識を欠いています。

 

ポスターを見る側になって考えてみてください。こちらの存在を無視し、時間内におわらせようと早口の棒読みをつづけるような説明は、そのテーマによほどひっかからないかぎり、聞く気が起きなくても無裡はないです。

 

「そう言われても具体的にどうすればいい?」という方へ、詳しくフォローされているおすすめサイトと本をこちらに挙げておきますね。

 

 

プレゼン力はアカデミアを離れても役に立つ

このようなアカデミックなポスターセッションを成功させるための訓練は、研究職/アカデミアを離れたら意味がない、ただの通過儀礼でしょうか?

 

そんなことはないですよね。

 

ポスター発表を成功させるコツは、自分の根拠や説明、考えなどを人に伝えるために必要な基本的な要素ばかりです。けっしてたんなるアカデミックなテクニックではありません。

 

わかりやすい言葉で相手に要点を伝える訓練や、理解してもらえように努力する姿勢は、アカデミアを離れて一般企業に就職した後ももちろん役に立つソフトスキルです。

 

  • なにがどのように受け取られるかわからないナマモノを前に臨機応変に対応すること。
  • 相手の立場に立って説明をすること。
  • そのために時間に終わるための準備や工夫をすること。

 

これらは人と人との関係性において、不要になることのない重要な要素だと言えるでしょう。

 

「学び続ける組織」をキーワードにするSchoo for businessのサイトに、プレゼンテーション全般についてまとめられた記事を見つけました。

 

また、ポスターセッションを含め、プレゼンを成功に導くためのコツが紹介されたこんな記事も参考になるはずです。

 

さいごに

プレッシャーが重くのしかかるポスター発表を控えた皆様、どうか入念に準備をして、当日は肩の力を抜いて、がんばってください。

 

過ぎれば一瞬、とにかくできるだけの準備をして誤魔化さず真摯に質疑応答ができれば、その分の見返りがないことはまずないと思います。

 

また、研究生活のヒントになることをつれづれと書いてみます。最後まで読んでいただきありがとうございました!

英語論文を書くためのヒント

新年のご挨拶をしたばかりなのに、早いものでもう2月ですね。

 

大学によると思いますが、そろそろ年度末の研究計画書の提出やポスターセッションが控えている季節です。提出先によっては、研究内容を簡潔で読みやすい「学術英語」で書く必要もあるかと思います。

 

わたしたち非英語ネイティブにとって習得言語となる英語で、しかも専門的な論文を書くときには、多かれ少なかれ準備が必要になってきます。

 

執筆どころか、つたない英語で書いた論文には英文校正が必要であること、誰にチェックを依頼すればいいのかすらも、大学院に進学したてのころはわかりませんでした。「英語論文を書くためになにをすべき?」というはてなが飛びまくり。

 

そこで今回はそんな基本に立ち返って「英語で論文を書くこと」にフォーカスしてみたいと思います。4月に新生活を始められる学部生や院生の方の目にとまりますようにと祈りつつ・・。

 

読みやすい英語論文を書くための準備、構成、草稿、そしてブラッシュアップまでの流れを解説し、英語と日本語の文章の書き方の違いや、効率化のためのお役立ち情報も紹介します。

 

 

英語論文を書くためのヒント

 

ライティングセンターやwebの情報を活用する

さまざまな情報をWEBで集めるときに、やみくもにソースを辿るのは骨が折れます。

 

そこでリンク集が重宝されるわけですが、なかでもわたしのオススメは大学機関が設置しているライティングセンターでの情報収集です。

 

日本で知られるようになってきたのは近年ですが、多くの大学がそれぞれ論文執筆に関する情報や役立つリンクを紹介しており、公開されている情報は驚くほど豊富です。

 

また、校正サービスを提供する民間企業のブログやサイトの中にも、論文出版に役立つ実践的な無料ツールを豊富に紹介するものがあります。

 

www.hiroshima-u.ac.jp

個人的にもっとも頻繁に利用させていただいているリンク集。以下のデータベースの一部はこちらのページでも紹介されています。

 

ci.nii.ac.jp

国立情報学研究所が提供する論文データベース

 

www.jstage.jst.go.jp

科学技術振興機構が運営する電子ジャーナルサイト。日本国内の学協会が発行する電子ジャーナルおよびその他のコンテンツを公開。本文閲覧可。

 

 SCOPUS

Elsevierが提供する文献データベースSCOPUS収録の学術雑誌データベース

(カードが表示されないためテキストリンクでしつれいします)

 

 IRDB

日本国内の学術機関リポジトリに登録されたコンテンツのメタデータを収集し提供するデータベース

(こちらもテキストリンクでしつれいします)

 

jcr.clarivate.com

引用数の多いピア・レビュー済みの学術雑誌を収録

 

www.enago.jp

民間の校正会社開発のAIツールまとめサイト。英文校正ツールTrinkaを有効活用中。

 

非ネイティブが英語に親しむには

おもな科学論文はどの国で研究が行なわれたかを問わず、そのほとんどが英語で書かれます。多くの執筆者が英語を母語としないのに、です。非英語ネイティブのわたしはどうして英語で論文を書くのだろう、と思ったこともあります。

 

でも答えはシンプルで、異なる母語を話す二者が共通語として使う言語が英語だからですよね。「Lingua Franca リンガフランカ」と言われ、English as Lingua Francaの略としてELFとも言われます。

 

論文英語は国際研究の リンガフランカであり、そのコミュニティのなかの独特な慣例があります。それに馴染む訓練が英語論文への近道と言ってもいいかもしれません。

 

何から書く?どう書く?

……といっても英語論文を書くための具体的なやりかたも同時に知っておきたいものです。これまでわたしが心がけた非英語ネイティブなりの工夫をちょっと書いてみます。

 

まず英語で書き始めること。これは過去のブログでもポストしてきましたが、いちばん効率がいいように思います。

 

次に、書きづらい箇所を日本語で書いてから訳すこと。こんなやりかたでも進みます。

 

最後にいちばん重要なのはパラグラフ・ライテイングを意識すること

 

原則はONE paragraph ONE ideaということを押さえて、書き出しのトピックセンテンスに重要点を記す。つづいて見解、展開を述べる。わたしはこの流れを頭に置いて書くといちばんやりやすかったです。

 

英語論文を書く具体的な技術を身につけるのに、京都大学オープンコースウェアOCW)の

ocw.kyoto-u.ac.jp

として公開されている動画レクチャーが、たいへんありがたかったです。京都大学オープンコースウェアOCW)では、講義や講座、国際シンポジウムなどの動画・資料を積極的に外部に公開されているので、ぜひアクセスしてみてください。

 

「使える」例文を習得する

先ほど独特な慣例がある、と書きましたが、英語論文に使える言い回しもそのひとつです。

ここではIMRAD形式に則ってそれぞれ頻用されるフレーズをご紹介します。

 

便利フレーズ

  • In the present study we found (revealed)……
  • Our study is the first to characterize (demonstrate) ……
  • The results of the present study strongly suggest ……
  • Our results complement the findings of NAME et al. (YEAR) who reported clinical importance of ……
  • It is reasonable (appropriate) to suggest that ……
  • Our results clearly demonstrate that …….
  • The limitation of this study is ……
  • In summary,
  • In conclusion, the present study has demonstrated that ……
  • From these results, we conclude that ……
  • Complete understanding requires further investigation on the molecular level.

これらを効果的に使っていけば英文が安定しますし、締まると思います。

 

英文校正は通すべき

最後になりましたが、ぜったいに利用すべき! と断言できるのが英文校正会社のサービスです。

 

ラボ内に信頼できる英語ネイティブの共同研究者がいらっしゃるという幸運な方は別です(私もポスドク時代以降は同僚にネイティブチェックをお願いしていました)。

 

よく、英文校正会社はどこがいいかというようなトピックをネット上でも見かけますし、ラボ内のカジュアルな会話でも一度は話題にのぼるネタではないでしょうか。わたしも博士課程に進学してから、実際知りたかった情報です。

 

さまざま検討してきて思うのは、研究論文を託すことにもなるので最終的には自分が信頼できるところに出すのがいちばんではないかな、と思います。

 

そこで、わたしが細かくご紹介するよりすでに比較分析されているサイトがありますので、そちらのリンクをご参考までにご紹介します。

 

www.kousei-hikaku.jp

主要な校正会社の料金や納期がわかる相見積もりを3社から取り寄せることができるフォーム

 

eibun-hikaku.net

英文校正会社30社以上の比較を見やすいよう一覧にて紹介

 

www.editing-compare.com

品質、納期、料金、使いやすさ、専門性から15社を分析・比較し、ランキング形式で掲載

 

繰り返しますが、上記のようなサイトで紹介されている情報は、あくまでも参考情報として受け止めることが大切です。

 

わたしが選んだのは、英文校正の質と価格のバランスを考慮した結果英文校正エナゴという会社でした(AIツールのリンク集を知ったのもこれが縁でした)が、このブログを読んでいただいている方全員の専門分野に必ずしもあてはまる選択とは限りません

 

自分の書いた英語論文に対して、「かゆいところに手が届く英文校正」をしてくれる校正者に出会えるまで、あきらめずに色々な会社のサービスを試してみてください。

 

さいごに

英語学習は好きなほうでしたが、研究論文の執筆に取り組むときには、はじめはけっこう苦労しました。英文を書くのと英語論文を書くことはちがったのですよね。

 

日本語で先に書いたものを訳していいのか、はたまた……とフリーズしていた日々を思い出しながら、今回、論文の書き方をまとめてみました。

 

英語論文を書くことにとまどっている。これからの日本の学術界をになっていく若い研究者の方、学生さんのお役にたてれば嬉しいです。

 

また研究生活のヒントになることをつれづれと書いてみます。

 

今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

審査員の心理から読み解くグラント申請書の書き方

ブログをお読みいただいているみなさま、新年明けましておめでとうございます。

本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 

いきなりですが、研究に必要なものって何でしょう?

アイディア?実験装置?時間?優秀な人材?

どれも欠かせないものですが、これらを手に入れるためには先立つもの、つまり研究費が必要です。

 

研究費と言えば文部科学省科研費が有名ですが、他に科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業や民間から出される助成金もあり、規模も年額100万円程度から億を超えるものまで様々です。どのような規模であれ、助成金をもらうためには申請書を書かなければなりません。

日本学術振興会(学振)の特別研究員DC1なら数枚程度かと思いますが、金額が大きくなればなるほど申請書の枚数も増える傾向にあり、基盤となればその倍、また年間25万ドルもらえるNIHのPI向けグラントR01に至っては(英文なので単純比較はできませんが)数十枚と言われています。

採択されるような申請書を書くためには、どうしたらよいのでしょうか?

 

本年もなるべくたくさんの興味深い研究が日の目を見ることを祈りつつ、今回のポストを書いてみました。

 

 

 

研究費の規模は様々でも、申請書を書くコツは同じ

グラントの書き方については既に多くの本が出版され、ブログSNSなどでノウハウを伝授している研究者の方もいらっしゃいます。私自身も先輩たちの申請書を参考にしながら、またボスの渾身の手直しによって、学振のDC1やAmerican Heart Associationのフェローシップ、また若手向けの科研費をいただくことができました。

私のようにそれほど大きな研究費を獲得したことがない者が偉そうなことは言えないのですが、もし、グラントの書き方のコツを1つだけ挙げるとすれば

「審査員の気持ちになってみる」

ことに尽きると思うのです。

何分で申請書を理解させるか

話は変わりますが、高校生の時に通っていた塾の先生が、「数学の証明問題は、主要な式に番号を振り、それを見ただけで証明の過程が追えるようにすること。特に入試の時には、正解を導くのと同じくらい体裁が大事!」というアドバイスをくれました。

 

言われてみれば当たり前なのですが、これができていない人が意外と多いのだとか。先生は当時、大学院生でしたが、自分の指導教官が「受験生諸君の実力は、十分基準に達していると信じている。差がつくとすれば答案の書き方だ。たった2日間で何千枚という答案を採点する側の身にもなってみて欲しい。読みにくい字や証明の過程がよくわからない答案は、正直、採点する気が失せる。」とぼやいていたのを耳にしたといいます。

 

グラントの審査員もきっと同じ気持ちだろうと想像します。学生の指導や論文執筆、はたまた講義の準備やら会議やらの忙しい合間を縫って時間をやりくりしながら、1件あたり数十ページに及ぶこともある申請書を、2週間ほどかけて10件、時には100件、目を通すのです。

 

ズバリ、1件の申請書を読むのに割くことができる時間ってどれくらいだと思いますか?

 

聞くところによると、学振の特別研究員の審査は、30代~40代くらいの中堅(?)研究者が1~2週間かけて100件ほどの申請書に目を通しているそうです。科研費も若手向けのものですと、ある方の試算によれば1件あたりに割かれる時間は5~10分と見積もられています。

 

となると、

(1)申請書のできるだけ最初の部分で、「おっ、これは面白そう!」と思ってもらう

(2)サクサクと読み進め、最後まで目を通してもらえるようにする

ことが大事です。また、

(3)スポンサーの目的と合致するようなストーリーを組み立てる

ことができれば、鬼に金棒です!

これらを実現するためには、どんな工夫が必要でしょうか?

 

1.最初でつまずかせない

審査員が、まず目を通すのは、冒頭の部分です。

ここで「つまらない研究だな」とか「分かりにくいテーマだな」と思われる、あるいはそのように誤解されてしまうと、その思いを引きずったまま審査されることになります。

 

科研費なら「研究目的(概要+本文)」、NIHのグラントなら「abstract」と「specific aim」の部分が肝心です!

 

分かりやすい文章の典型として「起承転結」が知られていますが、研究の目的を伝えるのであれば

「起」で話題を提示し

「承」で「フムフム、なるほど」と読ませ

「転」で「おっ!そんなことが分かっていないのか~」と驚かせ

「結」で「そうか、その手があったか!」と感動してもらう

となるでしょうか。

 

さらに一歩踏み込み、これらの流れをどのように段落に落とし込めばいいのか、NIHのグラント向けの解説(英語)を見つけました。4段落で構成する場合の流れは次の通りです。

 

第1段落:イントロダクション

  • 導入(hook)
  • 背景(known information)
  • 未解決課題(gap in knowledge)
  • 現時点で解決できない理由(critical need)

<導入>は高校生に語り掛けるように分かりやすく書き始めます。<背景>や<未解決課題>は「フムフム、なるほど」と思ってもらえるよう、躓かせない工夫が必要です。最後、<現時点で解決できない理由>のところで、「ほほう~、そんな理由で解決できないのか」と驚いてもらいましょう。

 

第2段落:何をしたいか、なぜしたいのか、どうやってしたいのか

  • 長期目的(long-term goal)
  • 具体的な目的(proposal objective)
  • 実現可能性(rational)
  • 仮説(hypothesis)
  • 見通し(pay-off)

この段落の目的は、「この自分こそが第1段落で提示された未解決課題を解決するのにうってつけである」ことを示すことです。長期的なビジョン<長期目的>を見据えたうえで、それを検証可能な研究テーマ<具体的な目的>に落とし込み、その<実現可能性>や検証されるべき<仮説>、さらには結果の<見通し>を示します。

 

第3段落:具体的な目的

  •  目的1、目的2…のように箇条書き

第2段落のダメ押しとして研究計画を段階的に示します。それぞれの段階で用いる手法と予想される結果、また得られた成果がもたらすインパクトを箇条書きにします。具体的に書くほど、この研究計画の実現可能性が高いことをアピールできます。

 

第4段落:まとめ

  • 新規性(innovation)
  • 予想される成果(expected outcomes)
  • 学術的・社会的意義(impact/pay-off)

最終段落では、審査員に「なるほど、この研究こそ投資する価値がある!」と納得してもらいましょう。この研究の画期的なポイント<新規性>を改めてアピールし、<予想される成果>を提示し、さらに本研究の<学術的・社会的意義>を語るのが効果的です。

 

2.図表・見出しの活用

第一印象がよければ、さらにその先に目を通してもらえますが、まだまだ油断は禁物です。最後まで目を通してもらうためには、入試数学の答案と同じで、論旨を一目で追えることが大事です。

そのためには文字で詳しく書くだけでなく

図表やチャートを活用して一目で全体像を理解してもらうこと

が必要です。

 

Cell誌のようにグラフィカル・アブストラクトの掲載が義務付けられているジャーナルがありますので、ぜひ参考にしたいところです。

 

見出しや色遣いを活用することも有効です。とはいえ、色使いについては2色以内にとどめるのが無難ですし、申請書によっては白黒のみと指定されている場合もあるので注意しましょう。網掛けや黒背景白抜き文字など、いくつかの様式を組み合わせると情報が階層化されて分かりやすくなります。

 

また、これは王道ではないかもしれませんが、もし可能なら研究内容を高校生向けに紹介するようなアウトリーチ動画を作成しておくのも一つの手です。申請者の所属や名前が隠されているわけでもありませんから、審査員が申請者の素性をネットで検索することも可能です。もし、研究内容をよりザックリ知りたいと思ったときに、アウトリーチ動画(例えば東大理学部の「研究室の扉」のようなもの)を見てもらえたらどうなるでしょう?

 

「こんな装置で実験しているのか」「ハキハキしていて人柄もよさそう」「こんな面白いプレゼンができる人なら、採択してあげたいな」と心を動かされるに違いありません。

 

3.助成金の目的にかなったストーリー展開

研究助成金の目的は何でしょう?建前上は「科学の振興」ですが、スポンサーによって、プラスアルファの狙いがあるはずです。その点を一歩踏み込んで考えてみると、より採択されやすい申請書のストーリーが見えてきます。

 

例えば科研費の目的を考えてみましょう。科研費を使って研究者の皆さんが成果を論文に発表する→科研費のおかげで基礎研究が進んだという報告がなされる→納税者が「基礎研究にお金を使うってやっぱり大事だね」と思うようになる→世論を反映して研究費の予算が増える→ますます研究成果が出る、という好循環を狙っていると考えていいでしょう。

 

ズバリ科研費の目的は、「成果が出そうな研究を支援し、納税者を納得させること」なのです。となると、そのプロジェクトの成功の見込みが高いことを示す予備試験データや、もし、研究計画が思い通りに進まなかった場合のプランBやプランCまで提示することが採択のポイントとなってきます。また、研究の背景を説明するにあたり、どの程度詳しく書くべきかについては過去の審査員のリストからある程度見当をつけるとよいでしょう(科研費の審査委員は審査年度の2年後に公開されることになっています)。

 

一方で、民間の助成金になると、少し趣が変わってきます。例えば警備会社のセコムが母体となっているセコム科学技術振興財団は、(1)セキュリティ・情報、(2)医療・福祉、(3)防災・環境という3つのカテゴリーに関する研究を支援しています。セコムはこのような研究を支援することにより得られた研究成果を、ゆくゆくは自社のサービスの差別化につなげたいと考えていることが読み取れます。であれば、研究の長期的な目的が(1)~(3)に合致するよう申請書のストーリーを組み立てることが必要になってきます。研究成果がまとまった暁には、インタビューを受けることになるでしょうから、その時に語ることをイメージすると、なお論旨が明確になるでしょう。

 

私もAmerican Heart Association(AHA)のフェローシップに応募しましたが、研究の長期目標に「循環器系の疾患の治療に貢献すること」を盛り込んだ記憶があります。

 

科研費だけで研究ができる時代は終わり、官民両方の助成金を貪欲に獲得していかなければなりません。申請書の文章を使いまわすのではなく、助成金の目的を意識して効果的に「リフォーム」することを心がけましょう。

 

仕上げには第三者の力を借りよう

自分では丁寧に論旨を組み立てているつもりでも、他の人からみると飛躍があったり、必要なポイントが抜け落ちていたり、あるいは誤解される表現になっていることがよくあります。

 

書き上げた申請書を、ぜひ信頼のおける知り合いの研究者の方に読んでもらうといいと思います。

 

アメリカでは同じ大学・研究機関に所属する仲間数人でグラント申請用のディスカッションの会を開催したり、あるいはデパートメント単位でそのような機会を設けたりしているようです。政府機関からのグラントをもらった場合、その一部を間接経費として大学に納めることになる(R01の場合、直接経費の60%ほど)ので、教員が大型のグラントをとれば、大学・研究機関も潤います。

 

日本でもURA(研究支援室)がある大学では、科研費や海外グラント申請のサポートをしています。自分の大学にはそんなサポート体制が無いという方でも、HFSPのような英語のグラントに応募する場合など、民間のグラント申請サポートサービスを利用してみてはいかがでしょうか?

 

【国内外グラント公募情報】

懇親会の英会話攻略法!例文とお役立ちリンク

パンデミックを機に国際的な学会がオンラインで開催されるようになりました。わざわざ移動しなくても参加できますし、旅費や滞在費がかからないというメリットがある一方で、今まで知らなかった人たちと知り会いになる、あるいは名前しか知らなかった人と共にプロジェクトを立ち上げるような機会は、なかなか得られないと感じます。

今後、学会の開催はリアルとオンラインのハイブリッドになっていくのでしょうか。

「海外の大学院に進学したい」あるいは「海外でポスドク先を見つけたい」と思っている人にとって、国際会議は絶好のチャンスです。

あらかじめポスター発表や口頭発表のスケジュールをチェックし、発表を見て気になるラボのメンバーの名前と顔を一致させておけば、休憩時間や懇親会の会場で探し出すことができるでしょう。ボスと話ができれば研究テーマや採用状況を知ることができますし、ポスドクや大学院生と話せれば、ラボの様子やボスの人柄もリサーチできます。

でも、いざ声をかけるとなると、心理的なハードルが高くなってしまいますよね。英語であればなおさらです。イギリスのコーンウォールで行われたG7サミットで談笑の輪から外れている総理大臣の様子が報道されましたが、他人事ではありません。

どうすれば、懇親会での英会話がはずむのでしょう?オンライン学会でもリアル学会でも役立つ、英会話攻略法を探ってみましょう。

 

 

まずはスモールトークからはじめてみよう

大抵の懇親会は立食形式かと思いますが、初対面の相手にどう話しかければいいのか、また何を話せばいいか、悩むところです。

きっかけを掴むための会話をスモールトークと呼ぶそうですが、英語ネイティブの人にとってもスモールトークは悩みの種なようで、YouTubeで“small talk”と検索をかけるといろいろな動画が見つかります。

学会の懇親会でも使えそうな会話のコツやフレーズをまとめてご紹介します。

 

まずは話しかけてみる

気になる人を見つけたら、挨拶をして簡単な自己紹介をしてみましょう。日本人の名前は外国の人には分かりにくいので、名札を見せながら自己紹介するといいでしょう。

例えば行きたいと思っているラボのPIに話しかけるとしたら、こんな感じです。

X: Hello, Prof. Y. Nice to meet you.

Y: Hi, How are you?

X: Great. I am <自分の名前>, working in the <所属しているラボのPI>’s lab as a PhD student in Tokyo. I was really excited about your talk today. Well, actually, I’m looking for a lab for working as a postdoc. Do you mind talking to me for a couple of minutes?

Y: Sure. So, what do you want to do in my lab?

 

話題の見つけ方

このように伝えたい内容がはっきりしている場合、会話は意外と弾むものです。

問題は、「お互いある程度知っているけれど、そこまで深い付き合いは無く、なにか会話を続けたいけど、さしたる話題もない…」時や「たまたま隣にいたので挨拶と自己紹介をしてしまったけど、さて困った。次に何を話そう?」というケースです。日本語でもこういう時は話題に困りますよね。

どうやって話をきりだせばいいのでしょう?

<おすすめの話題1:食べ物>

懇親会の時は食事を載せたお皿を手にしていることでしょう。相手のお皿を見ながら

  • Do you like <食べ物の名前>? Me too!
  • So, where are you from?
  • Is this<食べ物> popular in your country?

などと聞いてみると、初対面でも会話がはずみますね。

 

<おすすめの話題2:仕事>

学会に参加しているのは、ほぼ100%研究者ですが、取り組んでいる研究テーマや手法は多岐に渡ります。何かのご縁で知り合ったのであれば、

  • So, what do you do?

と相手が何を研究しているかを尋ねてみましょう。

さらに会話が弾みそうなら、

  • 今のラボに来てどれくらい経つのか(How long have you been doing ~)
  • なぜそのテーマに興味をもったのか(What motivated you get into ~)
  • 以前は何をしていたのか(What did you do before this?)

なども聞いてみるといいでしょう。もしかすると、自分が行きたいと思っている町に、相手が住んでいたことがあるかもしれません。家賃や治安など生活情報についても聞いておけば、後々、きっと役に立ちます。

 

<おすすめの話題3:相手を褒める>

会話が弾んできたところで、相手をさりげなく褒めるのも有効です。

こちらの動画で紹介されている例になりますが

  • Those are cute shoes. Where did you get them?
  • I love that sweater. Is it new?

など

「褒める」+「追加のコメント」

は定番の会話のパターンです。

動画の中でも説明がありますが、これらの質問は「どこでその靴を売っているのか」あるいは「そのセーターが新しいかどうか」を聞きたいのではありません。あくまで「私はあなたに関心がありますよ」というジェスチャーなのです。逆に自分がこのような質問を受けたら、「なんでそんなことを聞くんだろう?」と怪訝な顔をせず、ニコニコしながら答えるようにしましょう。

余談になりますが、英語は直接的な表現を好む言語で、日本語のような婉曲的な表現はない、と思っていませんか?

そんなことはありません。京都弁で「ぶぶ漬けでもどうどす?」は「そろそろお帰りの時間ですよ」を意味するそうですが、英語の婉曲表現もなかなかのものです。英語だと、会話の意味を理解するのに精いっぱいになりがちですが、表現によっては裏の意味があることを 頭の片隅に入れておきましょう。

<気をつけるべき話題>

よく言われていることですが、初対面の相手と話す際には政治や宗教の話題は避けた方が無難です。エスニックジョークも慣れないうちはやめておきましょう。

また、良かれと思ってやりがちな失敗が、相手の「見た目」を褒めることです。

先ほど挙げた例は、身につけている靴や服を褒めていますが、相手の顔や容姿を褒めるのは実はNGとされています。「目が大きくていいね」と褒めたつもりでも、本人は目が大きいことをコンプレックスに思っているかもしれませんし、そもそも、外見をジャッジすること自体が失礼とされています。

話題のチョイスについては、こちらの動画や、学術英語学会が寄稿するこんな記事も参考にしてみてください。

 

さらに会話を続けたいときの「魔法のフレーズ」

身近な話題をきっかけに会話が弾んだなら、さらにおしゃべりを続けたいと思うのが人情です。ところが聞きたいこと、伝えたいことはあるにもかかわらず、会話が途切れてしまうことがあります。なぜでしょう?

よくあるのは、一言で答えられる質問(one-word answer question)をきっかけに沈黙が訪れるというパターンです。

例えば、先ほど挙げた

  • 今のラボに来てどれくらい経つのか(How long have you been doing ~)

という質問は、「○年です」と一言で答えられる典型的なone-word answer questionです。この手の質問が出てしまうと、相手が話を膨らませてくれない限り、パタッと会話が途切れてしまいます。でも、例えば、

  • そのラボのどんなところが気に入っているのか(What do you like working there?)

と続けてみたらどうなるでしょう?

「設備は充実しているし、テクニシャンは良くサポートしてくれるし、ポスドクも多すぎず少なすぎず、いい感じだよ」という答えが返ってくるかもしれません。そうすれば、どんな機器を使っているのか、設備は共有なのか、テクニシャンはどんなサポートをしてくれるのか、何人くらいポスドクがいるのか、などなど質問がどんどん湧いてきますね。

one-word answer questionを避ける、とっておきの方法は

相手にアドバイスや意見をもらう

ことです。

例えば、翌日の夕飯をどこで食べようか決めていないのなら、また、その相手と一緒にご飯を食べられたらいいな、くらいに思っているのであれば、

  • What are your thoughts about dinner tomorrow?

と聞いてみるのです。

ここで、例えば

  • Do you know any good restaurant around here?

と聞いてしまうと、これはone-word answer questionになってしまいますので要注意。

What are your thoughts on/about ~

は相手から様々な答えを引き出すことができ、また様々なシチュエーションで使えそうなフレーズですね。

こちらの動画にも、one-word answer questionを避けるための様々な例文が紹介されているので、是非参考にしてみて下さい。

 

いよいよ会話が盛り上がってきたら

見知らぬ人と思いがけず会話が弾むのは本当に楽しいことです。私は修士2年の時に初めて国際会議に参加したのですが、その時の懇親会のことを今でも覚えています。

小さなグループに分かれて着席式の夕食会でしたが、たまたま隣に座ったイギリス出身の方が、つたない私の英語に合わせてゆっくりしゃべってくれました。サイエンスの話題だけでなく、自身の趣味であるアンティークガラスのコレクションの話も聞かせてくださり、気がつけば日本の江戸切子のことにまで話が広がりました。

先ほど、政治の話題はタブーと書きましたが、その場にいる人たちの対立を煽るのでなければ、むしろ政治ネタこそ盛り上がります。

例えば、オバマ大統領の後にトランプ大統領が選ばれ、反科学主義による悪影響が懸念されていた2017年のNobel Week Dialogueでは、Steven Chu博士が(28:10あたり)Truth will trump Trump「真理はトランプに勝つ!」というジョークを飛ばし、会場は笑いと拍手に包まれました。その場にいる研究者が全員トランプ大統領に反対する立場にいたからこそ、生まれたユーモアですね。

また、日本の映画やアニメ、ゲームの話題も鉄板ネタです。ポケモンジブリ映画などは世界的に有名ですし、最近では「鬼滅の刃」も海外で上映されています。アニメの話題をプレゼンテーションの冒頭部に仕込んでくる研究者もいるくらいで、例えば、神経科学者でオプトジェネティクスの第一人者Gero Miesenboeck博士によるTEDのプレゼンテーションには、ドラゴンボールが出てきます。日本のアニメに対する関心の高さがうかがえます。

 

会話の予行演習をしてみる

せっかく話題が思い浮かんでも、それを英語で伝えることができなければ悔しい思いをすることになります。「いつか懇親会でこんな会話ができたらいいな」と妄想しながら、英作文をし、予行演習しておくのも1つの手です。

また、軽妙な英会話のやりとりを動画で見ておくと、イメージトレーニングしやすいかもしれません。なにも英語ネイティブ同士の会話でなくてかまいません。というより、むしろ、英語が母国語でない人の英会話の方が、私達にも真似できるので役に立ちそうです。

  • フランス人が英語でドラマ「Emily in Paris」にツッコミをいれている動画
  • 韓国人&日本人が英語で子供時代の思い出を語り合う動画

など、会話のテンポや進め方の参考になるかと思います。

もし、研究者同士の会話が聞きたいということであれば、羊土社から出版されている

もお勧めです。

 

もしもブラックラボに入ってしまったら

少し前の話ですが、日本のアカデミアの闇をテーマにした「今ここにある危機とぼくの好感度について」というドラマが放映されました。研究室のように閉じた小さな世界は、とかくブラックになりやすいものです。

以前「行っていいラボ、いけないラボ」にも書きましたがラボ選びは慎重にしなければなりません。とは言え、研究室に入ってみたら、こんなはずじゃなかった…たという事例は本当に多いです。

もし入ったラボで理不尽な扱いを受けたら、どのように対処すればいいのでしょう?

 

 

ブラックラボ学生イメージ

こんなはずじゃなかったのに…とモヤモヤしていませんか?

ブラックな職場に共通する4つの特徴(とその対策)

ブラックな職場はアカデミアに限らず存在します。例えば介護や保育の現場もそのようになりやすいと言われています。

余談になりますが、私の娘が通っていた幼稚園も若い先生が数年で辞めてしまい、非常勤のスタッフをやりくりして運営していました。きめ細やかな保育に定評があるものの、裏を返せば細かいルールがたくさんあり、保護者もそれを守らなければなりませんでした。園長やベテラン先生の流儀が絶対で、保育後の反省会議の時間も長く、若い先生たちが辞めていくのも納得でした。

その幼稚園を見ていて、ブラックな職場には共通点があるかも?と気がつきました。

 

1.少人数の閉じたコミュニティー

その幼稚園は3学年3クラスからなり、スタッフも10名という小規模なところでした。研究室も、小さなラボならそのくらいの規模でしょうか。

一概に少人数だからダメとは言えないのですが、人数が多ければ悪い噂が必ず外に漏れますし、ボスの存在感も相対的に弱まります(その一方でメンバー間の派閥争いという別の問題が浮上することもありますが、本題から逸れるのでここでは触れません)。少人数の場合、不都合な真実が容易に隠蔽されてしまいやすく、第三者に訴えることが難しくなりがちです。

大手企業では人事評価のシステムが行き届き、上司が部下を評価するだけでなく、部下も上司を評価し、上司の人事に少なからず影響を与えます。また、ハラスメント防止のための研修も定期的に行われます。

大学でも、例えば東京大学のように大きな所帯であればハラスメント相談所のような機関がありますが、残念ながら全ての大学でそのようなシステムが機能しているわけではありません。

もし理不尽な対応を受けているのであれば、何かしらその証拠を記録し(あまりお勧めしたくはありませんが、音声データを録音するとか、または日記のように記すのでもいいでしょう)、より上位のポジションにいる人(例えば学科長)に相談するのも一つの手です。

 

2.ボスが威圧的

娘が通っていた幼稚園は、実は以前は人気があり、若手から中堅、ベテランに至るまでスタッフの年齢にも幅がありました。様子がおかしくなったのは、園長が交代してからです。とても気が短い人で、気に入らないことがあると、相手がスタッフであれ、保護者であれ、すぐ声を荒げて怒鳴ってしまうのです。

そうなると、スタッフは園長の言いなりになり、思考停止におちいってしまいます。実際、コロナ禍にもかかわらず、園長はマスクもしないで話をするので保護者からクレームがでているそうです。スタッフの誰かが注意すれば、そのようなことは防げるはずですが、ワンマン先生に物申すなど、許されないのかもしれません。

diversity is power(多様性こそ力なり)という言葉がありますが、一つのチームに様々な特徴を持つ人が共存し、それぞれが強みを発揮してこそ、困難な課題も乗り越えられるというものです。研究という未知の事象を解明する仕事ならなおさらでしょう。

なぜ威圧的な態度が許されてしまうかと言うと、やはり、その上に監督する人がいないからだと思います。幼稚園の園長もラボのPIも、いわば一国一城の主。いかようにも振る舞うことができてしまうのです。威圧的な性格を変えることは難しいかもしれませんが、組織に透明性があればある程度、抑止できます。

以前の記事にて、アメリカの博士課程では厳しい中間審査があり、まずはproposalをしっかり書いてpreliminary examを突破しなければ候補生になれないことをご紹介しましたが、このような制度も、所属するラボだけでなく審査委員会のメンバー全体で学生を見守り、透明性を高めるための取り組みと言えます。

また、大学によってはjoint programといって、異なる大学間の2つの研究室で指導をうけながら博士号をとることも可能です。

博士課程の途中でラボを変えるのは難しいかもしれませんが、実験をなかなかさせてもらえない、データがあるのに論文を書かせてくれない、などの問題が発生しているのであれば、透明性の高いシステムを導入しているラボに移ることも検討してもいいかもしれません。その際、推薦状は当然、指導教官以外に書いてもらうことになるでしょうから、助けてくれそうな研究者をみつけるところから始めましょう。

ポスドクであれば、「このデータを論文として書かせてくれないのであれば、ライバルの○○ラボに移って実験の続きをするが、それでもよいのか」など脅す提案するのも有効かもしれません。

 

3.必要以上に細かいルールがたくさんある

実験系のラボでは、機器の取り扱いに関するルールや実験手法のプロトコールが決められているかと思います。そのようなルールやプロトコールは、原則、守るべきだと思います。ところが、中には首をかしげたくなるようなルールを設けているラボもあります。

私がかつて所属していたラボでは、週に1回掃除をすることになっていたのですが、ボスの指示で、必ず「窓を開けて」掃除機をかけることになっていました。そうしないとホコリが室内にとどまってしまうから、というのが理由で、窓を開けないと厳しく怒られました。

当時は「そこまで差があるのかな?」と思いつつ、「まあ、ボスの気が済むならそうしておこう」と言うとおりにしていました。数年後、とあるTV番組で、どのような掃除方法がホコリを取り除く効果が高いかを検証をしていたのですが、空気の流れがあるとホコリが舞いあがってしまうので、そもそもファンを回して吸引する掃除機ではなくモップの方が効果的と知りました。窓を開けて換気をよくするなど論外だったのです。

研究室のルールのなかには、このように科学的な根拠が乏しいものも存在します。よそのラボに移ってみると、それがよく分かります。もし、自分がより良いルールや手法を見出したなら、積極的に提案してみましょう。新しいやり方を受け入れてくれるラボほど、柔軟性が高く、より効率的な実験が可能になり、成果も上がるものです。

 

4.時間的拘束が長い

夜9時までは実験室にいなければならない、というのが暗黙の了解になっているラボや、ボスより先に変えると白い目で見られるという研究室、日本では珍しくないかと思います。

中には徹夜で連続して実験している先輩がいて、そのような人を高く評価する風土があります。自分もそこまでやらなきゃいけないのかな~とプレッシャーに感じることがあるかもしれません。

どうしてもそのサンプルでデータをとらなければならない、という状況であれば実験が長引くのは仕方のないことですが、<長時間労働=生産性が高い>という図式は、古い考え方です。

アメリカで博士号をとり、お子さんを育てながらポスドクをし、神経科学の分野で高い成果を上げていらっしゃるOISTの田中和正さんがpodcastで語っていらっしゃったのですが、保育園の送迎の都合で9時から5時までしか実験できない、という状況の中でも実験のプランを周到に練ることにより(例えば朝早くに起きて実験をし、いったん家に帰って子供に朝ご飯を食べさせてから保育園に送り、また実験室に戻ったとか!)、むしろ無駄な実験をすることなく効率よく仕事を進めることができたそうです。

また、夜遅くまで実験することは、欧米では危険を伴います。治安のよい日本と異なり、帰り道に襲われる可能性が高くなるからです。特に、アメリカの研究室は明るいうちに仕事を済ませる朝型のラボが多いように思います。

もし、無駄に長時間労働を強制されるようであれば、しっかり立てた計画の元、実験を遂行していること、そしてその方が成果も上がることをボスに示しましょう。

 

ステージ別ブラックラボ脱出法

1.修士課程

修士課程に在籍している人の場合、博士課程に進学するか就職するかによって打つべき手は変わってきます。

もし、博士課程に進学したいのであれば、修士の途中でラボを移るのではなく、D進のタイミングでラボを変えるのが、正直、楽です。国内だけでなく、海外の大学院も検討する絶好のチャンスかと思います。

就職を考えている場合、特に研究と就職活動の両立が難しい場合、就職に強い研究室に入り直すのも一つの手です。一時的に時間とお金がかかりますが、希望の会社に就職できればいつか回収できますし、現状に流されるままの学生よりも、環境を変えるために行動を起こす積極的な学生の方が企業に好まれる可能性すらあります。研究と就職活動の両立について就職エージェントに相談してみるのもいいでしょう。

博士課程にいこうか、就職しようか迷っている方がいたら、個人的には就職をお勧めします。企業によっては、たとえば豊田中央研究所のように研究開発に従事しながら博士号をとらせてくれるところもありますし、就職してから、やっぱり研究がしたいことに気がついて博士課程に入る人もいます。大阪大学の名誉教授でモーター蛋白質の一分子力測定の第一人者でいらっしゃる柳田敏雄先生は、修士を出て企業に就職した後、博士課程に入り直されたそうです。

 

2.博士課程

博士課程に在籍している人の場合、別のラボに移ることを真剣に考えた方がいいかもしれません。行動に移すとなると大変ですが、少なからずそういう方もいらっしゃいます。共同研究者や学会で知り合った同業者に相談してみるのもいいかと思います。

また、博士課程を中退して就職することも可能です。就職が決まったので学位の取得を待たずに中退する、と言った方が正確かもしれません。博士課程を中退すると就職に不利になると思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、意外とそうでもありません。エージェントを利用して情報収集してみましょう。

こういう時に必ず問題になるのが指導教官からの引き留めです。実は私もD2の終わりごろに「もう研究者としてやっていく自信がないので、新聞社の採用試験を受けます!」と指導教官に伝えたことがあるのですが、「あなたみたいにマイペースな人が締め切りに追われる生活に耐えられるはずがないでしょ」と一蹴されました(笑)。

こんなのはまだカワイイ方で、なかには「あのラボに移ったら、ますます学位が遠のくぞ」とか「就職に推薦状が必要でも書いてやらないぞ」のように脅してくる先生もいるかもしれません。

博士課程を中退して困るのは誰でしょう?ほかでもない指導教官です。プロジェクトを別の学生に引き継ぐとなれば論文が出るのが遅くなってしまいますし、なにより悪い噂が立ち、ラボの人気が下がってしまいます。だからこそ、必死になって脅して引き留めるのです。脅しに負けず、就職エージェントを味方につけて、自分を守りましょう。

 

3.ポスドク

ポスドクの場合、大学院生とは事情が変わってきます。指導教官には大学院生を指導し学位をとらせる義務がありますが、ポスドクはPIに雇われてる労働者です。能力のあるポスドクは採用され、そうでない者はクビを切られます。研究成果を上げる、という点でのみ利害が一致している関係です。

そのラボにいるせいで結果が出ないのであれば、さっさと見切りをつけて他のラボに移るしかありません。推薦状が必要であれば学位をとったラボの指導教官や共同研究者に依頼しましょう。

ラボの居心地は悪くても論文が出そうな場合、次の行き先を探しつつ、論文が出るまでそこにいるのが賢明です。

もちろん、心身に支障をきたすほど疲れてしまったのであれば話は別。退職も視野に入れましょう。一般的に仕事の空白期間は無いほうがいいのですが、このご時世、体調不良で休職期間が発生してもおかしくありません。実家に身を寄せながらオンラインでMBAをとるとか、データサイエンスのスキルを身につけるとか、学びの期間にしてみてはいかがでしょう。

履歴書には職歴だけでなく履修歴を書くこともできますから、空白が生じません。少し元気が出てきたら、エージェントに登録して就職活動をしてみましょう。分野や業種や待遇にこだわらなければ意外な求人が見つかるものです。特に外資系やベンチャー企業は狙い目です。業界未経験や博士号持ちを歓迎する求人もあります。

博士号保持者の就職についてはこちらのサイトも参考になります。

海外で博士号をとる、という選択

※先日、関東地方で起きた地震で被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 

前回の投稿から随分時間がたってしまいました!今回は、海外で博士号をとるという選択肢についてお話したいと思います。

日本では博士課程に進学する学生が減少していると言われています。在籍中は無収入かつ学費を払うことになりますし、博士卒より修士卒の方が就職の選択肢も多い、というのが、その理由でしょう。

もちろん、中には日本学術振興会の特別研究員DCに採択される人もいますし、最近では文部科学省が一部の博士課程進学者に対してフェローシップを支給することになったので、少し状況は改善されているのかもしれませんが、そのような恩恵にあずかれるのはごく一部の学生です。

もし学費や生活費が確実にもらえて、しかも博士号を取得した方がより待遇の良いポジションを得ることができるのであれば、ドクターコースにチャレンジする人が増えるのではないでしょうか。

海外の大学院で博士号をとるメリットは、まさにそこでにあるのです。

(1)奨学金やTA(ティーチングアシスタント)/RA(リサーチアシスタント)の制度が充実しており、給料をもらいながらPhDをとることができる

(2)博士号のステイタスが高く、アカデミアに限定しなければ就職の選択肢が多い

そして何より

(3)プログラムが充実していて真の実力が身につく、ことにあります。

いったいどんなプログラムなのか?欧米各国の博士課程の様子を覗いてみましょう!

 

 

博士号イメージ

海外で博士号のステイタスが高いのは、充実したプログラムがあるからこそ

アメリ

学部卒から博士課程に進学することができ、6年程度のプログラムとなっています。

例えば、カリフォルニア工科大学・生物学部・計算神経系Computation & Neural System(CNS)のPhDプログラムの場合ですと

  • 1年目:ラボローテーション+必修授業+qualifying exam(一般知識)
  • 2年目:ラボの配属、preliminary exam(研究テーマの理解および研究計画)
  • 3~5年目:論文審査委員会(中間報告)
  • 6年目:論文審査委員会(中間報告+最終審査defence)

となっています。

<特徴1:ラボローテーション>

3つのラボを12週間ずつ経験します。研究プロジェクトに関わり、ラボミーティングにも参加し、当該分野の概要や実験の手技を学びます。幅広く専門分野を知ることができるだけでなく、2年目からの配属先を見据えたインターンシップとして位置づけられており、学生はラボの様子を、PIは学生の様子を、あらかじめ知ることができます。ラボに配属されると5年ほど過ごすことになります。入ってから「こんなはずじゃなかった」とならないためにも、このような「お試し期間」があるのはお互いにとって良いことですね。

<特徴2:中間審査 qualifying exam/preliminary exam>

カルテクのCNSでは2回試験が行われています。

1回目は一般知識に関する口頭試験(通称qualifying exam)で、このような問題が出されるのだそうです。質問のレベルは日本の大学院入試とさほど変わらないように思いますが、幅広く出題されているところが特徴です。「私は生物が専門だから数学のことは知りません」では済まされないぞ!という大学側の姿勢を感じます。特に脳科学の分野は遺伝学、生化学、生理学、情報科学など様々な手法を用いて進められています。自分の専門分野+αの概要を知っておくと、後々、学際的なアプローチで共同研究を進める時に本当に役に立ちますし、民間企業に就職する際にも非常に強力な武器となります。

2回目の試験は配属されたラボで行った研究の中間報告および今後の計画について審査される口頭試験(通称preliminary exam)です。この試験をパスすると、晴れてPhD studentからPhD candidateになれます。過去の知見をよく調べ、自分の研究テーマについて深く理解し、指導教官と議論を重ねながら今後の計画を練ります。一般的に、審査員のメンバーは学内に限定されず、その分野の著名な研究者が加わることもあります。学生にとっては、大御所の先生からアドバイスをもらい、また自分の顔を覚えてもらう貴重な機会にもなるのです。

審査する側も真剣勝負です。最終審査defenceの段階で「その実験方法は適切ではない」などというコメントをするのは許されません。もし実験方法や研究計画に不備があるのであれば、preliminary examの時点で指摘しておく必要があります。

日本では、「とりあえず先輩の実験を引き継いで、結果がでてきたら適当なタイミングで論文にまとめておくか」のようなノリで研究が始まるラボも多いと聞きます。先輩のデータの再現性が取れなくて、悶々と半年以上すぎてしまった、などということも珍しくないでしょう。そして、実験がうまくいかない根本的な原因が別にあるにもかかわらず、その学生さんの腕が悪いせいで研究が進まないことにされてしまいがちです。

でも、研究の初期の段階で厳しい審査があるおかげで、学生は明確なビジョンの元、適切な手法で研究をスタートさせることができます。もし困ったことがあれば、指導教員だけでなく審査員のメンバーに相談することも可能でしょう。qualifying examは学生を守るシステムでもあるのです。

<特徴3:ライフイベントとの両立>

私の知り合いで、大学院生の時にお子さんが生まれた方が何人かいますが、中には、子どもを産むなら学位をとってからにするよう、指導教員からアドバイスされる人も少なくないようです。指導教員にしてみれば、妊娠・出産で学生の生産性が落ちるよりは、バリバリ実験してくれた方がありがたい、というのが本音かもしれません。

アメリカの場合、もし指導教員がそのようなことを口にしたら、即刻、訴えられてしまうでしょう。大学にもよりますが、通常、人種差別はもちろん、パワハラアカハラ、セクハラ、に関するガイドラインがきめ細かく定められ、PI達は研修を受けることになっています。

OIST(沖縄科学技術大学院大学)のYouTubeに、学内の保育園に子供を預けてからラボに向かう大学院生が紹介されていましたが、子育てしながら大学院生を過ごすことは、世界的にはごく普通のことです。

ちなみに日本で支給される研究費には、応募資格に年齢制限を設けているものがありますが、アメリカの場合は「学位取得後N年」という規定はあるものの、年齢による制限はありません。なので、厳しい競争にさらされるポスドクになってから出産するよりも、あらゆる面で守られている学生のうちに産んでおいた方がよい、と勧める人もいます。

場合によっては休学するのも一つの手ですが、学費の支払いやフェローシップの支給がどうなるのか、また最大何年休学できるのかについては、よく調べておきましょう。

☆ 高専からアメリカ大学院に進学された方が紹介する「アメリカの大学院の特徴

☆ UCバークレーの化学科の博士課程に在籍している方のブログ

 

イギリス

学部卒から博士課程に進学することができ、3~4年間のプログラムが一般的です。

UCL(University College London)のDepartment of Cell and Developmental Biologyの場合、ラボローテーション無しなら3年、ありなら4年となっています。ちなみにパートタイムだと5年という記載がありますが、これは企業に籍を置きながら博士号をとる場合に限られ、海外からの学生はビザの関係で働くことは禁じられていますから、フルタイムの扱いとなります。

20年ほど前の古い話になりますが、イギリスの大学院に進学した知り合いから聞いた話では、特別な事情がない限りプログラムの延長が認められず、年限内に学位を取得できなかった場合は退学となってしまうため、最終試験を目前にした学生たちは相当追いつめられるということでしたが、大学にもよりますし、今は少し緩和されているかもしれません。念のため、延長や休学のシステムについても確認しておいた方がいいでしょう。

オックスフォード大学の場合、transfer of status viva/confirmation of status viva(それぞれアメリカのqualifying / preliminary examに相当)という中間試験があり、事情が認められれば、confirmationの時期を延長することも可能ですが、confirmationをとったら1年間で博士論文を書き上げるというシステムになっているようです。

余談になりますがイギリスのラボの特徴としてteaの習慣が挙げられます(こちらの記事「英国式時間の使い方」参照)。日本語に訳すと「お茶の時間」となりますが、ただおやつを食べながら休憩をするのではありません。サイエンスのホットな話題や時事問題について幅広く議論する貴重な時間です。イギリス人特有のユーモアのセンスも、いかんなく披露されるひと時です。私も指導教員がイギリス留学経験者だったので、日本のラボでしたが毎日teaの時間がありました。このときの会話や議論が、口頭発表の際の質疑応答にずいぶん役に立ったと感じています。大学院生時代をケンブリッジ大学で過ごしたエリザベス・ブラックバーン博士(2009年にノーベル生理学医学賞を受賞)も、teaの時間こそcreativityの源泉であると語っています

 

ヨーロッパ

ヨーロッパの大学院は日本と同じく、修士2年+博士3~4年のプログラムが多く、candidacy(アメリカの preliminary examに相当)と呼ばれる中間試験があり、中にはラボローテーションが行われている大学もあります。

☆ドイツマックスプランク石炭化学研究所に大学院生として在籍していた方の記事

 

カナダ

修士課程を経て博士課程に進学する(2+4年程度)または学部卒から博士課程に進学する(5年程度)ことができます。ラボローテーションはあまり行われていないようですが、例えばマギル大学の場合、神経科学やゲノム編集などホットなトピックに関する様々なワークショップやサマープログラムが用意されています。

マギル大学に進学した方の記事:入試の際の推薦状をもらうノウハウについても書かれています。

☆ウォータールー大学に進学した方のブログ:カナダの奨学金の取り方や大学院の選び方について具体的な情報が満載です。

 

いかがでしたでしょうか?

色々な方の体験談をいる読んでいると、「有名な大学で学位をとりたい」というよりは、「この人のラボで仕事をしたい」というモチベーションで行き先を選んでいる方が多く、学会でPIに直接会ってからコンタクトをとるというケースも目立ちます。

パンデミックにより学会がオンラインで開催されている現状では、そのような方法でラボを見つけるのは難しいので、指導教員や先輩のツテを活用してみるのも一つの手です。

人気のラボには世界中から優秀な学生が集まり競争率も高いと聞きますが、アメリカでPIをしていらっしゃる研究者の方によると、「トップスクールを狙うより、少しレベルは落ちるけど評判のよい田舎の大学は、かなりねらい目」だそうです。紹介されたラボの大学名が有名でなくても、熱意のあるPIと充実したプログラムがあれば、素晴らしい博士課程を過ごすことができると思います。

ここにご紹介した国以外、例えばオーストラリアやシンガポールにも素晴らしいラボがたくさんあります。是非、アンテナを張って自分に合うラボをみつけてください。

 

【お役立ちサイト】 

XPLANE:海外大学院留学やその後の就職をサポートする団体 

PIO:海外大学院留学の出願をサポートするサービス

船井情報科学振興財団:博士号取得留学をサポートする奨学金

つかみが肝心!長寿遺伝子研究の権威から学ぶ、論文のイントロ作成の極意

論文のイントロダクションの書き方のコツを知るために、今回はベストセラー本『ライフスパン:老いなき世界』を書いた研究者David A Sinclair博士の論文から「つかみ」の極意を探ります。

すでに読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、Sinclair博士は、ハーバード大学サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子の一種)の研究を行いながら、起業もしているというスーパー研究者です。

Sinclair博士のラボから2018年に発表された論文「Impairment of an endothelial NAD+-H2S signaling network is a reversible cause of vascular aging 血管内皮におけるNAD+H2Sシグナル経路の脆弱化が血管老化の可逆的な原因である(Das et al. 2018 Cell 173, 74-89)」を読んだのですが、とても読みやすいイントロダクションで、幅広い読者を飽きさせない言い回しや、すっきりした論理の組み立てが印象的でした。

この論文のイントロダクション5段落の内容を追いかけてみました。みなさんが参考文献を読み込む時や英語論文を執筆する際のヒントになれば幸いです。

 

 

イントロイメージ

論文も短距離走もスタートが大事!

 

論文の概要

老化に伴い運動機能が低下するのは、毛細血管の減少や血流の低下が原因であると言われています。

サーチュインは老化を抑制する酵素で、血管新生を促すと考えられてきましたが、その全容は明らかではありませんでした。本論文はマウスを用いてサーチュインを介したシグナル経路を明らかにし、老化したマウスでもサーチュインを活性化させれば血管密度や血流が増加することを示したものです。

グラフィックアブストラクトを紐解きながら、もう少し詳しく見ていきましょう。

Das et al. 2018 Cell 173: 74-89

左下は若年マウス、右下は老齢マウスの骨格筋の毛細血管、上にある水色の細胞は毛細血管の内皮細胞を拡大したものです。

毛細血管の表面は内皮細胞に覆われているのですが、内皮細胞が筋細胞(myocyte)にぴったりくっついている状態では新しい血管は形成されません。あるきっかけにより内皮細胞と筋細胞の接着が弱くなると、内皮細胞から足のような先端細胞が発芽(sprouting)して新しい血管が作られます(血管新生)。

発芽に関連した一連のシグナル経路はNotch シグナルと呼ばれていますが、本研究では、SIRT1制御系の上流にあるNADがNotch受容体の細胞内ドメイン(NICD)を阻害することにより内皮細胞の発芽が促進されること、またこれに伴い血管密度が増加し、さらには血流、運動機能、持久力もアップすることが、本研究により明らかになりました。

 

イントロダクションの出だしの1文をどう書くか?

本論文のイントロは、Cell誌にしては長めで5段落からなっています。

第1段落

One of the most profound changes to the body as it ages is a decline in the number and function of endothelial cells (ECs) that line the vasculature. The performance of organs and tissues is critically dependent on a functional microcapillary network that maintains a supply of oxygen, exchanges heat and nutrients, and removes waste products. According to the Vascular Theory of Aging, vascular decline is one of the major causes of aging and age-related diseases.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

段落全体が、専門知識に言及する前の導入部分となっていますが、その内容は第1文

「加齢がもたらす最も重大な体の変化は、血管表面に存在する内皮細胞の減少および機能低下である」

に集約されています。

シンプルな文ですが、自分でこのような文章が書けるか?と自問してみると、意外と難しいと感じます。

例えば次のような書き方もできますが(DeepLの力を借りて、この和訳を英訳してみたものです)

The most significant bodily change that occurs as we age is the reduction and loss of function of the endothelial cells that line the vascular system.

原文とは受ける印象が違いますよね?

カギとなるのは下線部

原文     changes to the body as it ages

DeepL訳 bodily change that occurs as we age

で、前者ではit、後者ではweが使われています。weを使うとヒトに限定されてしまいますが、we ではなくit (= body)を使うことにより、「ヒトのみならず多様な生物に共通する老化の特徴」というニュアンスが伝わります。

サーチュイン遺伝子酵母や線虫から、マウスやヒトに至るまで幅広く存在していますから、本論文で得られたマウスの実験結果は、おそらくヒトにもあてはまる可能性があるのです。weをitに変えるだけで研究テーマの普遍的な価値をアピールすることができますね。

 

一般読者にも訴求する導入とは?

第2段落

Despite the importance of capillary loss to human health, it is surprising how little we understand about its underlying causes. Exercise is currently the best way to delay the effects of aging on the microvasculature by promoting neovascularization, but little is known about why tissues become desensitized to exercise with age. Skeletal muscle is an ideal tissue to study the effects of aging on neovascularization and capillary maintenance. For reasons that are unclear, as we age there is an increase in muscle EC apoptosis, decreased neovascularization, and blood vessel loss, resulting in reduced muscle mass (sarcopenia) and a decline in strength and endurance in the later decades of life, even with exercise. A few exercise-mimetic agents have been reported that increase mitochondrial function (e.g., resveratrol and PPARδ agonists), none of which are known to work by increasing capillary density or blood flow. SIRT1 is a member of the sirtuin family of NAD+-dependent deacylases that mediate the health benefits of dietary restriction (DR) and can extend lifespan when overexpressed. In young muscle, SIRT1 is required for ischemia-induced neovascularization, vascular relaxation, and is implicated in EC senescence. It is, however, unknown whether endothelial SIRT1 regulates microvascular remodeling in skeletal muscle tissue, and if so, whether its breakdown with age is cell-autonomous or reversible.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第2段落を「導入部」「過去の知見」「リサーチクエスチョン」に色分けしてみました。

第1文「毛細血管の減少は健康にとって重要であるにもかかわらず、その原因がほとんど明らかにされていないのは驚きである」という文は、なかなかインパクトがありますね。It is surprisingという主観的な表現は学術論文では珍しいのではないでしょうか。

あくまで私の想像ですが、マウスで得られた基礎研究の成果を臨床に応用することを念頭に置き、将来、治験に参加する一般市民がこの論文を読むことを想定しているのかもしれません。

第2文以降は「過去の知見」が紹介されています。

運動すると血管新生が促進され、毛細血管の減少が抑制されるのですが、年を重ねると、運動しても、筋肉内皮細胞のアポトーシス、血管新生の抑制、血管密度・筋量・持久力の低下が起こります。運動の代わりとなる(=模倣する)物質として、ミトコンドリア機能を高めるレスベラトロールやPPARδが知られていますが、不思議なことに、これらは血管密度や血流を増加させません。では、血管密度や運動能に関与して老化をコントロールしている物質は何なのでしょう?ここでSIRT1(第1段落のキーワード)が登場し、「SIRT1内皮細胞における毛細血管リモデリングを制御しているかどうか、またそうだとしても、SIRT1が可逆的に老化をコントロールできるかはわかっていない」とリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

リサーチクエスチョンを効果的に示す方法 

第3段落

SIRT1-activating compounds (STACs) such as resveratrol and SRT1720 have been pursued as a strategy for ameliorating age-related diseases. A more recent approach has been to restore NAD+ levels by treating with NAD precursors such as nicotinamide riboside (NR) or nicotinamide mononucleotide (NMN). NAD precursors increase the angiogenic capacity of ECs in cell culture, improve the exercise capacity of young mice, and protect against age-related physiological decline including reduced DNA repair, mitochondrial dysfunction, and glucose intolerance. Whether a decrease in NAD+ and SIRT1 activity in ECs is a cause of microvasculature loss and frailty during aging is not yet known.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第3段落では、話題がSIRT1から、その制御に関与しているNAD+へと移り、過去の知見が紹介され、「内皮細胞におけるNAD+やSIRT1活性の低下が毛細血管の減少や加齢によるフレイルの原因となっているかどうかはわかっていない」というリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

第4段落

Another DR mimetic is hydrogen sulfide (H2S), a gas generated endogenously by cystathionine β-synthase (CBS) and/or cystathionine γ-lyase (CSE). Evidence indicates that SIRT1 and H2S may lie in the same pathway. For example, in Caenorhabditis elegans, hydrogen sulfide (H2S) extends lifespan in a Sir2.1-dependent manner. In mammals, ectopic treatment with H2S induces SIRT1 in response to oxidative stress and protects rat hearts from ischemia/reperfusion via a mechanism requiring SIRT1.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第4段落では、話題がH2Sに移ります。H2SはSIRT1を制御しているNAD+のさらに上流にある物質です。

面白いのはリサーチクエスチョン(の伏線)の示し方で、通常は段落の最後に示されることが多いのですが、この段落では真ん中に出てきます。「SIRT1とH2Sが同じシグナル経路に存在する可能性は示唆されている(が、確定ではない)」と述べた後で、「例えば~」と過去の知見が記載されています。

第2、第3段落では最後の文にリサーチクエスチョンが示されていますが、第4段落では、少し変化をつけたのでしょう。論文も読み物です。とくに、

イントロダクションは大いに魅せる

ことが許される部分です。もちろんウソや盛りすぎはよくないのですが、このように

文体に変化をつける

というのは、読者の心をとらえるのに有効なテクニックですね。

 

第5段落

In this study, we tested whether a decline in SIRT1 activity in ECs is a major reason why blood flow and endurance decrease with age, and whether SIRT1 stimulation by NMN and/or H2S can reverse these changes. We show that loss of endothelial SIRT1 results in an early decline in skeletal muscle vascular density and exercise capacity, while overexpression of endothelial SIRT1 has a protective effect, ostensibly by sensitizing ECs to vascular endothelial growth factor (VEGF) coming from muscle fibers. Pharmacologically raising NAD+ levels promotes muscle vascular remodeling following ischemic injury and restores capillary density and treadmill endurance of old mice back to youthful levels, and in young mice during chronic exercise, an effect that is further augmented by H2S.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

いよいよ、イントロの最終段落です。文頭にリサーチクエスチョン「本研究では内皮細胞におけるSIRT1の活性の低下が老化による血流低下や持久力低下の主な要因かどうか、またNMNまたはH2SによるSIRT1の活性化させることにより、老化により低下した血流や持久力を可逆的に常用させることができるかを検討した」が記載されています。

3回ほど伏線を仕込んでおいてからの、クライマックス。まさに「くるぞ、くるぞ、くるぞ、きた~っ!」という感じですね。こういう盛り上がり方、読んでいるとワクワクします。

通常ですと、この後に解決方法が示されることが多いのですが、本論文のイントロでは手法にはあまり言及せずに、主な結果が列挙されています。

 

イントロダクションをスッキリみせるワザ

この論文のイントロダクション、読んでみていかがでしたか?門外漢でもサクサク読める内容になっていますよね。なぜでしょう?

その理由は2つあります。

1つ目は、シグナル経路に関する記載が非常にすっきりしていることです。

過去の記事「論文のイントロダクションの書き方【4】『風が吹くと桶屋が儲かる』仕組みは階層化で説明!」にも書きましたが、「AがBを活性化するとCが上昇してDが増加し…」のような表現は、読者をうんざりさせてしまいます。シグナル経路は複雑で、経路が複数ある場合や、関与する物質の数も多いので、まともに書くと、分かりにくくなってしまいます。そこで、この論文のように

  • 図の力を借りて読者に概要を伝えておく
  • 物質ごとに段落に分けて解説する

のは、非常にスマートなやり方ですね。

2つ目は込み入ったことはあえて書かないことです。

先程、少し触れましたが、第5段落においてリサーチクエスチョンと結果が示されているものの、手法についての記載があまりありません。本論文のウリは手法の新規性ではなく、今あるテクニックを駆使してサーチュイン遺伝子のスイッチを入れることによりマウスを人工的に若がえらせることができた、という成果にあるのです。その道の研究者であれば、成果を見ただけで手法を予想できますし、専門外の読者であれば手法には興味がないか、興味があればmaterials and methodsを読むでしょう。

 

イントロダクションは、やはり読みやすさが命です。投稿前にイントロダクションだけでも第三者、できれば英語ネイティブの専門家に目を通してもらうのがいいと思います。

私がアメリカでポスドクをしていたときのラボのPIは、同じデパートメントのPIに原稿を読んでもらっていました。英文法の間違いや適切な表現を指摘してもらうだけでなく、追加すべき実験の内容や、より説得力のある文章の組み立て方についてもアドバイスをもらっていたようです。知り合いにそのような英語ネイティブがいなくても英文校正の会社でもCNSクラスのジャーナルの編集者がアドバイスをくれるサービスがありますので、是非、活用してみてはいかがでしょうか?