ヒロコのサイエンスつれづれ日記

フリーのサイエンスライターです。論文執筆・研究・キャリアについて発信していきます。

「国際卓越研究大学」の可能性と懸念

みなさん、こんにちは。

「国際卓越研究大学」をご存じですか?

日本政府が10兆円という巨額の資金を用意し、世界トップレベルの大学づくりを支援する新しい取り組みとしてつくられた制度です。

この制度によって支援を受ける大学は、厳しい審査をクリアする必要があり、現在、東京大学京都大学東北大学の3校が候補として選ばれ、秋ごろに正式な決定が行われる予定です。

この制度が大学の研究力向上にどのような影響をもたらすのか、そしてビジネスへの波及効果はどのようなものになっていくのか期待は高まりますが、しかしながら、この新制度にはさまざまな問題点も指摘されています。

今後のビジネス展開を見据える上で、日本の大学支援政策についての理解を深めておくことが重要です。

科学技術振興機構JST)による運営

この制度の特徴として、10兆円の資金が一気に大学に支給されるのではなく、「大学ファンド」が設立され、科学技術振興機構JST)がこれを運用する点が挙げられます。

この運用益から、各大学に最長25年間にわたって支援金が提供される仕組みです。

たとえば、東京大学の2021年度の経常収益が2641億円であることを考えると、年数百億円の支援金は大きなインパクトを持つことでしょう。

なぜこのような制度が導入される必要があったのか。

実は、日本の研究力が年々低下しているという背景があります。文部科学省の分析によれば、日本は研究開発費の面ではアメリカや中国に続く3位を誇りますが、論文数や引用数といった指標では徐々に後退しています。

これからの社会において、研究力の強化が不可欠であることは言うまでもありません。

こうした背景から、「国際卓越研究大学」制度が生まれたのです。

審査ポイント

この制度を受ける大学には、いくつかの審査ポイントが設けられています。

まず、国際的な優れた研究成果を生み出せる研究力が求められます。

また、年3%程度の事業成長や意欲的な財務戦略、大学運営の体制づくりも審査の要素とされています。

具体的には、直近5年間で「トップ10%論文」と呼ばれる注目論文の数が1000本以上であることなどが基準となります。

さらに、大学内外の委員から成る「合議制の機関」の設置も求められ、大胆なガバナンス改革が必要とされています。

懸念材料

ただし、この制度にもいくつかの懸念が指摘されています。

まず、支援金の運用益を確保すること自体が容易な課題ではありません。

昨年度、運用を開始したJSTは上半期だけで1881億円の評価損を計上しており、安定した運用結果が得られるかは不透明です。

また、大学に年3%の成長を要求することも懸念材料でしょう。

この数字は事業規模を25年で倍にする要求であり、簡単な課題ではないからです。

その結果、稼げる研究や政府・産業界からの資金を得やすい研究が重視され、他の研究が軽視される可能性があるため、学問の自由や大学の自治が損なわれる懸念も浮上しています。

実際、大学の研究力低下の背景には、政府が推進してきた「選択と集中」政策が影響しているという指摘もあります。

2004年に国立大学が独立法人化し、運営費交付金を削減して競争的資金を増やす方針を採った結果、一部の大学に資金が集中し、中堅大学は資金難に苦しむ状況となりました。

その結果、研究の多様性が損なわれ、基礎研究への投資が減少していると言えます。

こうした現状を踏まえ、「国際卓越研究大学」制度が導入されたわけです。

この制度の問題

一方で、この制度もまた、選択と集中の問題を引き起こす可能性があることは否定できません。

一部の大学に集中した資金や人材が、他の大学を圧倒してしまう恐れがあるからです。

大学側もこの問題に対して危機感を持っており、例えば東京大学は学問の多様性を重視し、必ずしも即効性のある成果を求めず、人文・社会科学などの分野も支援する意向を示しています。

また、地方大学への支援も検討されています。

しかし、政府は選択と集中路線の総括や検証を行っているわけではないため、この新制度も同様に問題を引き起こす可能性があると言えます。

目に見える成果だけを求める姿勢は、長期的な研究力の低下を招く可能性があるからです。

国のイノベーション力が低下すれば、最終的には国全体の力が低下することにつながることでしょう。

 

おわりに

自分の通う大学で行なわれている研究内容を確認することで、将来のビジネス展開に役立つ情報を得ることができるかもしれません。

新たな大学支援制度が、日本のイノベーションをどのように後押しするか、目が離せない状況です。