ヒロコのサイエンスつれづれ日記

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つかみが肝心!長寿遺伝子研究の権威から学ぶ、論文のイントロ作成の極意

論文のイントロダクションの書き方のコツを知るために、今回はベストセラー本『ライフスパン:老いなき世界』を書いた研究者David A Sinclair博士の論文から「つかみ」の極意を探ります。

すでに読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、Sinclair博士は、ハーバード大学サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子の一種)の研究を行いながら、起業もしているというスーパー研究者です。

Sinclair博士のラボから2018年に発表された論文「Impairment of an endothelial NAD+-H2S signaling network is a reversible cause of vascular aging 血管内皮におけるNAD+H2Sシグナル経路の脆弱化が血管老化の可逆的な原因である(Das et al. 2018 Cell 173, 74-89)」を読んだのですが、とても読みやすいイントロダクションで、幅広い読者を飽きさせない言い回しや、すっきりした論理の組み立てが印象的でした。

この論文のイントロダクション5段落の内容を追いかけてみました。みなさんが参考文献を読み込む時や英語論文を執筆する際のヒントになれば幸いです。

イントロイメージ

論文も短距離走もスタートが大事!

 

論文の概要

老化に伴い運動機能が低下するのは、毛細血管の減少や血流の低下が原因であると言われています。

サーチュインは老化を抑制する酵素で、血管新生を促すと考えられてきましたが、その全容は明らかではありませんでした。本論文はマウスを用いてサーチュインを介したシグナル経路を明らかにし、老化したマウスでもサーチュインを活性化させれば血管密度や血流が増加することを示したものです。

グラフィックアブストラクトを紐解きながら、もう少し詳しく見ていきましょう。

Das et al. 2018 Cell 173: 74-89

左下は若年マウス、右下は老齢マウスの骨格筋の毛細血管、上にある水色の細胞は毛細血管の内皮細胞を拡大したものです。

毛細血管の表面は内皮細胞に覆われているのですが、内皮細胞が筋細胞(myocyte)にぴったりくっついている状態では新しい血管は形成されません。あるきっかけにより内皮細胞と筋細胞の接着が弱くなると、内皮細胞から足のような先端細胞が発芽(sprouting)して新しい血管が作られます(血管新生)。

発芽に関連した一連のシグナル経路はNotch シグナルと呼ばれていますが、本研究では、SIRT1制御系の上流にあるNADがNotch受容体の細胞内ドメイン(NICD)を阻害することにより内皮細胞の発芽が促進されること、またこれに伴い血管密度が増加し、さらには血流、運動機能、持久力もアップすることが、本研究により明らかになりました。

 

イントロダクションの出だしの1文をどう書くか?

本論文のイントロは、Cell誌にしては長めで5段落からなっています。

第1段落

One of the most profound changes to the body as it ages is a decline in the number and function of endothelial cells (ECs) that line the vasculature. The performance of organs and tissues is critically dependent on a functional microcapillary network that maintains a supply of oxygen, exchanges heat and nutrients, and removes waste products. According to the Vascular Theory of Aging, vascular decline is one of the major causes of aging and age-related diseases.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

段落全体が、専門知識に言及する前の導入部分となっていますが、その内容は第1文

「加齢がもたらす最も重大な体の変化は、血管表面に存在する内皮細胞の減少および機能低下である」

に集約されています。

シンプルな文ですが、自分でこのような文章が書けるか?と自問してみると、意外と難しいと感じます。

例えば次のような書き方もできますが(DeepLの力を借りて、この和訳を英訳してみたものです)

The most significant bodily change that occurs as we age is the reduction and loss of function of the endothelial cells that line the vascular system.

原文とは受ける印象が違いますよね?

カギとなるのは下線部

原文     changes to the body as it ages

DeepL訳 bodily change that occurs as we age

で、前者ではit、後者ではweが使われています。weを使うとヒトに限定されてしまいますが、we ではなくit (= body)を使うことにより、「ヒトのみならず多様な生物に共通する老化の特徴」というニュアンスが伝わります。

サーチュイン遺伝子酵母や線虫から、マウスやヒトに至るまで幅広く存在していますから、本論文で得られたマウスの実験結果は、おそらくヒトにもあてはまる可能性があるのです。weをitに変えるだけで研究テーマの普遍的な価値をアピールすることができますね。

 

一般読者にも訴求する導入とは?

第2段落

Despite the importance of capillary loss to human health, it is surprising how little we understand about its underlying causes. Exercise is currently the best way to delay the effects of aging on the microvasculature by promoting neovascularization, but little is known about why tissues become desensitized to exercise with age. Skeletal muscle is an ideal tissue to study the effects of aging on neovascularization and capillary maintenance. For reasons that are unclear, as we age there is an increase in muscle EC apoptosis, decreased neovascularization, and blood vessel loss, resulting in reduced muscle mass (sarcopenia) and a decline in strength and endurance in the later decades of life, even with exercise. A few exercise-mimetic agents have been reported that increase mitochondrial function (e.g., resveratrol and PPARδ agonists), none of which are known to work by increasing capillary density or blood flow. SIRT1 is a member of the sirtuin family of NAD+-dependent deacylases that mediate the health benefits of dietary restriction (DR) and can extend lifespan when overexpressed. In young muscle, SIRT1 is required for ischemia-induced neovascularization, vascular relaxation, and is implicated in EC senescence. It is, however, unknown whether endothelial SIRT1 regulates microvascular remodeling in skeletal muscle tissue, and if so, whether its breakdown with age is cell-autonomous or reversible.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第2段落を「導入部」「過去の知見」「リサーチクエスチョン」に色分けしてみました。

第1文「毛細血管の減少は健康にとって重要であるにもかかわらず、その原因がほとんど明らかにされていないのは驚きである」という文は、なかなかインパクトがありますね。It is surprisingという主観的な表現は学術論文では珍しいのではないでしょうか。

あくまで私の想像ですが、マウスで得られた基礎研究の成果を臨床に応用することを念頭に置き、将来、治験に参加する一般市民がこの論文を読むことを想定しているのかもしれません。

第2文以降は「過去の知見」が紹介されています。

運動すると血管新生が促進され、毛細血管の減少が抑制されるのですが、年を重ねると、運動しても、筋肉内皮細胞のアポトーシス、血管新生の抑制、血管密度・筋量・持久力の低下が起こります。運動の代わりとなる(=模倣する)物質として、ミトコンドリア機能を高めるレスベラトロールやPPARδが知られていますが、不思議なことに、これらは血管密度や血流を増加させません。では、血管密度や運動能に関与して老化をコントロールしている物質は何なのでしょう?ここでSIRT1(第1段落のキーワード)が登場し、「SIRT1内皮細胞における毛細血管リモデリングを制御しているかどうか、またそうだとしても、SIRT1が可逆的に老化をコントロールできるかはわかっていない」とリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

リサーチクエスチョンを効果的に示す方法 

第3段落

SIRT1-activating compounds (STACs) such as resveratrol and SRT1720 have been pursued as a strategy for ameliorating age-related diseases. A more recent approach has been to restore NAD+ levels by treating with NAD precursors such as nicotinamide riboside (NR) or nicotinamide mononucleotide (NMN). NAD precursors increase the angiogenic capacity of ECs in cell culture, improve the exercise capacity of young mice, and protect against age-related physiological decline including reduced DNA repair, mitochondrial dysfunction, and glucose intolerance. Whether a decrease in NAD+ and SIRT1 activity in ECs is a cause of microvasculature loss and frailty during aging is not yet known.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第3段落では、話題がSIRT1から、その制御に関与しているNAD+へと移り、過去の知見が紹介され、「内皮細胞におけるNAD+やSIRT1活性の低下が毛細血管の減少や加齢によるフレイルの原因となっているかどうかはわかっていない」というリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

第4段落

Another DR mimetic is hydrogen sulfide (H2S), a gas generated endogenously by cystathionine β-synthase (CBS) and/or cystathionine γ-lyase (CSE). Evidence indicates that SIRT1 and H2S may lie in the same pathway. For example, in Caenorhabditis elegans, hydrogen sulfide (H2S) extends lifespan in a Sir2.1-dependent manner. In mammals, ectopic treatment with H2S induces SIRT1 in response to oxidative stress and protects rat hearts from ischemia/reperfusion via a mechanism requiring SIRT1.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第4段落では、話題がH2Sに移ります。H2SはSIRT1を制御しているNAD+のさらに上流にある物質です。

面白いのはリサーチクエスチョン(の伏線)の示し方で、通常は段落の最後に示されることが多いのですが、この段落では真ん中に出てきます。「SIRT1とH2Sが同じシグナル経路に存在する可能性は示唆されている(が、確定ではない)」と述べた後で、「例えば~」と過去の知見が記載されています。

第2、第3段落では最後の文にリサーチクエスチョンが示されていますが、第4段落では、少し変化をつけたのでしょう。論文も読み物です。とくに、

イントロダクションは大いに魅せる

ことが許される部分です。もちろんウソや盛りすぎはよくないのですが、このように

文体に変化をつける

というのは、読者の心をとらえるのに有効なテクニックですね。

 

第5段落

In this study, we tested whether a decline in SIRT1 activity in ECs is a major reason why blood flow and endurance decrease with age, and whether SIRT1 stimulation by NMN and/or H2S can reverse these changes. We show that loss of endothelial SIRT1 results in an early decline in skeletal muscle vascular density and exercise capacity, while overexpression of endothelial SIRT1 has a protective effect, ostensibly by sensitizing ECs to vascular endothelial growth factor (VEGF) coming from muscle fibers. Pharmacologically raising NAD+ levels promotes muscle vascular remodeling following ischemic injury and restores capillary density and treadmill endurance of old mice back to youthful levels, and in young mice during chronic exercise, an effect that is further augmented by H2S.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

いよいよ、イントロの最終段落です。文頭にリサーチクエスチョン「本研究では内皮細胞におけるSIRT1の活性の低下が老化による血流低下や持久力低下の主な要因かどうか、またNMNまたはH2SによるSIRT1の活性化させることにより、老化により低下した血流や持久力を可逆的に常用させることができるかを検討した」が記載されています。

3回ほど伏線を仕込んでおいてからの、クライマックス。まさに「くるぞ、くるぞ、くるぞ、きた~っ!」という感じですね。こういう盛り上がり方、読んでいるとワクワクします。

通常ですと、この後に解決方法が示されることが多いのですが、本論文のイントロでは手法にはあまり言及せずに、主な結果が列挙されています。

 

イントロダクションをスッキリみせるワザ

この論文のイントロダクション、読んでみていかがでしたか?門外漢でもサクサク読める内容になっていますよね。なぜでしょう?

その理由は2つあります。

1つ目は、シグナル経路に関する記載が非常にすっきりしていることです。

過去の記事「論文のイントロダクションの書き方【4】『風が吹くと桶屋が儲かる』仕組みは階層化で説明!」にも書きましたが、「AがBを活性化するとCが上昇してDが増加し…」のような表現は、読者をうんざりさせてしまいます。シグナル経路は複雑で、経路が複数ある場合や、関与する物質の数も多いので、まともに書くと、分かりにくくなってしまいます。そこで、この論文のように

  • 図の力を借りて読者に概要を伝えておく
  • 物質ごとに段落に分けて解説する

のは、非常にスマートなやり方ですね。

2つ目は込み入ったことはあえて書かないことです。

先程、少し触れましたが、第5段落においてリサーチクエスチョンと結果が示されているものの、手法についての記載があまりありません。本論文のウリは手法の新規性ではなく、今あるテクニックを駆使してサーチュイン遺伝子のスイッチを入れることによりマウスを人工的に若がえらせることができた、という成果にあるのです。その道の研究者であれば、成果を見ただけで手法を予想できますし、専門外の読者であれば手法には興味がないか、興味があればmaterials and methodsを読むでしょう。

 

イントロダクションは、やはり読みやすさが命です。投稿前にイントロダクションだけでも第三者、できれば英語ネイティブの専門家に目を通してもらうのがいいと思います。

私がアメリカでポスドクをしていたときのラボのPIは、同じデパートメントのPIに原稿を読んでもらっていました。英文法の間違いや適切な表現を指摘してもらうだけでなく、追加すべき実験の内容や、より説得力のある文章の組み立て方についてもアドバイスをもらっていたようです。知り合いにそのような英語ネイティブがいなくても英文校正の会社でもCNSクラスのジャーナルの編集者がアドバイスをくれるサービスがありますので、是非、活用してみてはいかがでしょうか?