論文のイントロダクションの書き方【4】「風が吹くと桶屋が儲かる」仕組みは階層化で説明!
昨年2020年11月から12月にかけて公開し、私の周囲から好評だった記事・論文のイントロダクションの書き方シリーズ(【1】インプットを蓄える、【2】マーキングする、【3】良いイントロを知る)。今日は論文を読む時にも役立つ「階層化・図式化」のテクニックをご紹介します。
幅広い読者に読みやすいイントロダクションを書くためには、研究の背景をわかりやすく説明することが重要です。複雑な現象を説明するためには、文章の構成をシンプルにしつつ、詳細も漏れなく記載しなくてはなりません。一見矛盾するこれらの作業を両立させるためには、ちょっとしたテクニックが必要です。
複雑なプロセスの説明といえば、古典落語の「風が吹くと桶屋が儲かる」はいい例かもしれません。風が吹くと桶屋が儲かる仕組みを例にとって、複雑な内容をシンプルにわかりやすく伝えるコツを考えてみましょう。
風が吹くと桶屋が儲かる仕組みとは?
まず、風が吹いてから桶屋が儲かるまでのプロセスは、いくつあるかご存知ですか?
矢印でつなげてみるとこんな風になります。
風が吹く→砂埃が舞う→目の病気が流行る→目が見えない人が増える→三味線を弾く大道芸人が増える→三味線の材料となる猫の皮が必要になる→野良猫が減る→ネズミが増える→桶がかじられる→桶屋が儲かる
なんと、10個のプロセスが含まれているんですね!
この風が吹くと桶屋が儲かる現象を、仮に「風桶効果」と呼ぶことにしましょう。
風桶効果に関連する新しいウイルスを発見したという論文を想定してイントロダクションを書いてみます。
風桶効果をそのまま書いてしまうと、こんな感じになります。
春一番の最大風速が10m/秒を超えると8月の桶の需要が有意に増加するという、いわゆる「風桶効果」は良く知られているが、そのメカニズムの全容は未だ明らかにされていない。風桶効果は、強風により粉塵が発生すると、目をこすることにより結膜炎が発症し、重症化すると失明に至り、失明患者が三味線弾きで生計を立てることにより三味線需要が上昇し、三味線の材料となる猫が乱獲され、これによりネズミが増殖して桶をかじるために、引き起こされると考えられている。しかし、結膜炎を惹起するウイルスの存在が示唆されているものの、直接的な証拠は得られていない。
いかがですか?
2番目の文が長すぎて、わかりにくいですね。また、風桶効果を裏付ける過去の知見の引用も必要です。
では、次のように工夫してみると、どうでしょう?
テクニック1:分割する
まず、10個あるプロセスを3つに分割します。
分割の仕方はこんな感じです。
風が吹く→(砂埃が舞う→目の病気がはやる→目が見えない人が増える)→(三味線を弾く大道芸人が増える→三味線の材料となる猫の皮が必要になる)→(野良猫が減る→ネズミが増える→桶がかじられる)→桶屋が儲かる
では、引用も加えながら文章にしてみましょう。
春一番の最大風速が10m/秒を超えると8月の桶の需要が有意に増加するという、いわゆる「風桶現象」(文献1)は良く知られているが、そのメカニズムの全容は未だ明らかにされていない。
失明患者数が5月にピークに達すること(文献2)、また、その直後の6月~7月にかけて音楽エージェントの三味線部門への応募(文献3)および三味線の需要(文献4)が増加し、さらに8月にはネズミ駆除依頼件数が増加する(文献5)ことから、定説では、〈1〉粉塵に含まれるウイルスが眼に感染することにより失明者が増加、〈2〉失明者が三味線弾きとして生計を立てるため三味線の需要が増加、〈3〉三味線の材料となる猫の乱獲によりネズミが増殖し桶が破壊される、という3つのプロセスにより風桶現象が引き起こされると考えられている。
しかし、失明を惹起するウイルスの存在が示唆されているものの、直接的な証拠は得られていない。
随分スッキリしましたが、過去の知見はそれぞれのプロセスと結び付けながら引用したいところです。
テクニック2:階層化する
テクニック1では並列に分割しましたが、階層化して分割する方法もあります。4種類の括弧、[]、{}、〈〉、≪≫を使うとこんな感じになります。
[〈風が吹く→砂埃が舞う→≪目の病気がはやる→目が見えない人が増える≫→三味線を弾く大道芸人が増える〉→{三味線の需要が増す→三味線の材料となる猫の皮が必要になる→野良猫が減る→ネズミが増える}→桶がかじられる→桶屋が儲かる]
入れ子構造をわかりやすくするために括弧のみで表すと
[〈≪≫〉{}]
のようになります。
さらに過去の知見と紐付けながら説明すると、次のようになります。
[春一番の最大風速が10m/秒を超えると8月の桶の需要が有意に増す(文献1)という、いわゆる『風桶現象』は良く知られているが、そのメカニズムの全容は未だ明らかにされていない。]
{興味深いことに、桶需要の増加がみられる8月にネズミの駆除依頼件数が増加し(文献2)、その直前の6~7月には三味線需要が増加している(文献3)ことから、三味線の材料となる猫が捕獲されることによりネズミが増加すると考えられる。}
〈三味線需要の増加の背景としては、強風により失明した患者が三味線を弾くことにより生計を立て直そうとしている実態が指摘されている。実際、失明患者数は5月にピークに達し(文献4)、その直後の6月~7月にかけて音楽エージェントへの三味線部門への応募が増加する(文献5)〉。≪しかし、失明を惹起するウイルスの存在が示唆されているものの、直接的な証拠は得られていない。≫
時系列に沿って説明するのではなく、
一つ一つ開けていくように
解説していくのがポイントです。
階層化されたイントロダクションの実例
実際、このような階層化の手法は実際の論文の中でもよく使われています。
以前の記事でも引用させていただいた熱ショックたんぱく質の発現制御に関する論文のイントロダクションの冒頭をみてみましょう。
To survive a heat shock, all organisms activate a process known as the heat shock response. This stress response program(略)promotes production of stress-protective proteins. In eukaryotes, the transcription factor Hsf1 promotes transcription of a wide range of stress-protective genes that are then translated by ribosomes in the cytoplasm to produce stress-protective proteins.
Iserman et al. 2020 Cell 181: 1-14
(話を単純にするために、ハウスキーピングたんぱく質に関する記述は省略しました)
このイントロダクションで説明されているプロセスを矢印でつなげると
熱ストレス→転写因子Hsf1が活性化→熱ショック遺伝子の転写が促進→熱ショック転写物の翻訳が促進→熱ショックたんぱく質が増加
のようになりますが、イントロダクションでは時系列に沿った説明ではなく、まず[]の“箱”が開き、次に()の“箱”が開きます。
[熱ストレス→(転写因子Hsf1が活性化→熱ショック遺伝子の転写が促進→熱ショック転写物の翻訳が促進)→熱ショックたんぱく質が増加]
時系列に沿った説明が全くないわけでもありません。()の箱の中では時系列に沿った説明がなされ、下線部that are thenが“→”の働きをしています。しかし、これを延々続けてしまうと、冗長になってしまいます。
このあとの段落では、翻訳レベルでの制御について、さらに説明が続き、新しい箱が次々と現れます。
箱の大きさや中身は一通りではありません。箱を開けてみたら2つの箱が入っていることもあります。何通りかのパターンを考えて、最もわかりやすい箱の組み合わせを選びましょう。
また、
論文を読むときにも文脈を図式化しておく
と、きっと執筆の時に役に立つと思います。