ヒロコのサイエンスつれづれ日記

フリーのサイエンスライターです。論文執筆・研究・キャリアについて発信していきます。

海外で博士号をとる、という選択

※先日、関東地方で起きた地震で被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 

前回の投稿から随分時間がたってしまいました!今回は、海外で博士号をとるという選択肢についてお話したいと思います。

日本では博士課程に進学する学生が減少していると言われています。在籍中は無収入かつ学費を払うことになりますし、博士卒より修士卒の方が就職の選択肢も多い、というのが、その理由でしょう。

もちろん、中には日本学術振興会の特別研究員DCに採択される人もいますし、最近では文部科学省が一部の博士課程進学者に対してフェローシップを支給することになったので、少し状況は改善されているのかもしれませんが、そのような恩恵にあずかれるのはごく一部の学生です。

もし学費や生活費が確実にもらえて、しかも博士号を取得した方がより待遇の良いポジションを得ることができるのであれば、ドクターコースにチャレンジする人が増えるのではないでしょうか。

海外の大学院で博士号をとるメリットは、まさにそこでにあるのです。

(1)奨学金やTA(ティーチングアシスタント)/RA(リサーチアシスタント)の制度が充実しており、給料をもらいながらPhDをとることができる

(2)博士号のステイタスが高く、アカデミアに限定しなければ就職の選択肢が多い

そして何より

(3)プログラムが充実していて真の実力が身につく、ことにあります。

いったいどんなプログラムなのか?欧米各国の博士課程の様子を覗いてみましょう!

博士号イメージ

海外で博士号のステイタスが高いのは、充実したプログラムがあるからこそ

アメリ

学部卒から博士課程に進学することができ、6年程度のプログラムとなっています。

例えば、カリフォルニア工科大学・生物学部・計算神経系Computation & Neural System(CNS)のPhDプログラムの場合ですと

  • 1年目:ラボローテーション+必修授業+qualifying exam(一般知識)
  • 2年目:ラボの配属、preliminary exam(研究テーマの理解および研究計画)
  • 3~5年目:論文審査委員会(中間報告)
  • 6年目:論文審査委員会(中間報告+最終審査defence)

となっています。

<特徴1:ラボローテーション>

3つのラボを12週間ずつ経験します。研究プロジェクトに関わり、ラボミーティングにも参加し、当該分野の概要や実験の手技を学びます。幅広く専門分野を知ることができるだけでなく、2年目からの配属先を見据えたインターンシップとして位置づけられており、学生はラボの様子を、PIは学生の様子を、あらかじめ知ることができます。ラボに配属されると5年ほど過ごすことになります。入ってから「こんなはずじゃなかった」とならないためにも、このような「お試し期間」があるのはお互いにとって良いことですね。

<特徴2:中間審査 qualifying exam/preliminary exam>

カルテクのCNSでは2回試験が行われています。

1回目は一般知識に関する口頭試験(通称qualifying exam)で、このような問題が出されるのだそうです。質問のレベルは日本の大学院入試とさほど変わらないように思いますが、幅広く出題されているところが特徴です。「私は生物が専門だから数学のことは知りません」では済まされないぞ!という大学側の姿勢を感じます。特に脳科学の分野は遺伝学、生化学、生理学、情報科学など様々な手法を用いて進められています。自分の専門分野+αの概要を知っておくと、後々、学際的なアプローチで共同研究を進める時に本当に役に立ちますし、民間企業に就職する際にも非常に強力な武器となります。

2回目の試験は配属されたラボで行った研究の中間報告および今後の計画について審査される口頭試験(通称preliminary exam)です。この試験をパスすると、晴れてPhD studentからPhD candidateになれます。過去の知見をよく調べ、自分の研究テーマについて深く理解し、指導教官と議論を重ねながら今後の計画を練ります。一般的に、審査員のメンバーは学内に限定されず、その分野の著名な研究者が加わることもあります。学生にとっては、大御所の先生からアドバイスをもらい、また自分の顔を覚えてもらう貴重な機会にもなるのです。

審査する側も真剣勝負です。最終審査defenceの段階で「その実験方法は適切ではない」などというコメントをするのは許されません。もし実験方法や研究計画に不備があるのであれば、preliminary examの時点で指摘しておく必要があります。

日本では、「とりあえず先輩の実験を引き継いで、結果がでてきたら適当なタイミングで論文にまとめておくか」のようなノリで研究が始まるラボも多いと聞きます。先輩のデータの再現性が取れなくて、悶々と半年以上すぎてしまった、などということも珍しくないでしょう。そして、実験がうまくいかない根本的な原因が別にあるにもかかわらず、その学生さんの腕が悪いせいで研究が進まないことにされてしまいがちです。

でも、研究の初期の段階で厳しい審査があるおかげで、学生は明確なビジョンの元、適切な手法で研究をスタートさせることができます。もし困ったことがあれば、指導教員だけでなく審査員のメンバーに相談することも可能でしょう。qualifying examは学生を守るシステムでもあるのです。

<特徴3:ライフイベントとの両立>

私の知り合いで、大学院生の時にお子さんが生まれた方が何人かいますが、中には、子どもを産むなら学位をとってからにするよう、指導教員からアドバイスされる人も少なくないようです。指導教員にしてみれば、妊娠・出産で学生の生産性が落ちるよりは、バリバリ実験してくれた方がありがたい、というのが本音かもしれません。

アメリカの場合、もし指導教員がそのようなことを口にしたら、即刻、訴えられてしまうでしょう。大学にもよりますが、通常、人種差別はもちろん、パワハラアカハラ、セクハラ、に関するガイドラインがきめ細かく定められ、PI達は研修を受けることになっています。

OIST(沖縄科学技術大学院大学)のYouTubeに、学内の保育園に子供を預けてからラボに向かう大学院生が紹介されていましたが、子育てしながら大学院生を過ごすことは、世界的にはごく普通のことです。

ちなみに日本で支給される研究費には、応募資格に年齢制限を設けているものがありますが、アメリカの場合は「学位取得後N年」という規定はあるものの、年齢による制限はありません。なので、厳しい競争にさらされるポスドクになってから出産するよりも、あらゆる面で守られている学生のうちに産んでおいた方がよい、と勧める人もいます。

場合によっては休学するのも一つの手ですが、学費の支払いやフェローシップの支給がどうなるのか、また最大何年休学できるのかについては、よく調べておきましょう。

☆ 高専からアメリカ大学院に進学された方が紹介する「アメリカの大学院の特徴

☆ UCバークレーの化学科の博士課程に在籍している方のブログ

 

イギリス

学部卒から博士課程に進学することができ、3~4年間のプログラムが一般的です。

UCL(University College London)のDepartment of Cell and Developmental Biologyの場合、ラボローテーション無しなら3年、ありなら4年となっています。ちなみにパートタイムだと5年という記載がありますが、これは企業に籍を置きながら博士号をとる場合に限られ、海外からの学生はビザの関係で働くことは禁じられていますから、フルタイムの扱いとなります。

20年ほど前の古い話になりますが、イギリスの大学院に進学した知り合いから聞いた話では、特別な事情がない限りプログラムの延長が認められず、年限内に学位を取得できなかった場合は退学となってしまうため、最終試験を目前にした学生たちは相当追いつめられるということでしたが、大学にもよりますし、今は少し緩和されているかもしれません。念のため、延長や休学のシステムについても確認しておいた方がいいでしょう。

オックスフォード大学の場合、transfer of status viva/confirmation of status viva(それぞれアメリカのqualifying / preliminary examに相当)という中間試験があり、事情が認められれば、confirmationの時期を延長することも可能ですが、confirmationをとったら1年間で博士論文を書き上げるというシステムになっているようです。

余談になりますがイギリスのラボの特徴としてteaの習慣が挙げられます(こちらの記事「英国式時間の使い方」参照)。日本語に訳すと「お茶の時間」となりますが、ただおやつを食べながら休憩をするのではありません。サイエンスのホットな話題や時事問題について幅広く議論する貴重な時間です。イギリス人特有のユーモアのセンスも、いかんなく披露されるひと時です。私も指導教員がイギリス留学経験者だったので、日本のラボでしたが毎日teaの時間がありました。このときの会話や議論が、口頭発表の際の質疑応答にずいぶん役に立ったと感じています。大学院生時代をケンブリッジ大学で過ごしたエリザベス・ブラックバーン博士(2009年にノーベル生理学医学賞を受賞)も、teaの時間こそcreativityの源泉であると語っています

 

ヨーロッパ

ヨーロッパの大学院は日本と同じく、修士2年+博士3~4年のプログラムが多く、candidacy(アメリカの preliminary examに相当)と呼ばれる中間試験があり、中にはラボローテーションが行われている大学もあります。

☆ドイツマックスプランク石炭化学研究所に大学院生として在籍していた方の記事

 

カナダ

修士課程を経て博士課程に進学する(2+4年程度)または学部卒から博士課程に進学する(5年程度)ことができます。ラボローテーションはあまり行われていないようですが、例えばマギル大学の場合、神経科学やゲノム編集などホットなトピックに関する様々なワークショップやサマープログラムが用意されています。

マギル大学に進学した方の記事:入試の際の推薦状をもらうノウハウについても書かれています。

☆ウォータールー大学に進学した方のブログ:カナダの奨学金の取り方や大学院の選び方について具体的な情報が満載です。

 

いかがでしたでしょうか?

色々な方の体験談をいる読んでいると、「有名な大学で学位をとりたい」というよりは、「この人のラボで仕事をしたい」というモチベーションで行き先を選んでいる方が多く、学会でPIに直接会ってからコンタクトをとるというケースも目立ちます。

パンデミックにより学会がオンラインで開催されている現状では、そのような方法でラボを見つけるのは難しいので、指導教員や先輩のツテを活用してみるのも一つの手です。

人気のラボには世界中から優秀な学生が集まり競争率も高いと聞きますが、アメリカでPIをしていらっしゃる研究者の方によると、「トップスクールを狙うより、少しレベルは落ちるけど評判のよい田舎の大学は、かなりねらい目」だそうです。紹介されたラボの大学名が有名でなくても、熱意のあるPIと充実したプログラムがあれば、素晴らしい博士課程を過ごすことができると思います。

ここにご紹介した国以外、例えばオーストラリアやシンガポールにも素晴らしいラボがたくさんあります。是非、アンテナを張って自分に合うラボをみつけてください。

 

【お役立ちサイト】 

XPLANE:海外大学院留学やその後の就職をサポートする団体 

PIO:海外大学院留学の出願をサポートするサービス

船井情報科学振興財団:博士号取得留学をサポートする奨学金