ヒロコのサイエンスつれづれ日記

フリーのサイエンスライターです。論文執筆・研究・キャリアについて発信していきます。

いっていいラボ、いけないラボ:博士課程進学時に見極めるべき5つのポイント

博士課程に進学する上で「どこのラボにいくか」はとても重要です。ラボ選びに失敗すると、アカデミアに進む場合はもちろん、企業に就職するにしても、キャリア形成に深刻な影響を及ぼします。

修士からの流れでそのまま同じラボにいた方が、学振も通りやすいし、実験技術もある程度習得済みだし、なにかと楽です。

でも、いえ、だからこそ、本当にそのラボでいいのか、よ~く考えてみてほしいのです。

 

 

選択肢イメージ

現状維持が正解とはかぎりません!

現状維持バイアス」という言葉を聞いたことありますか?よっぽど不満がある場合を除き、今の状況にそこそこ満足している人の多くは「このまま進む」という選択肢をなんの疑問も持たずに選んでしまう傾向があるそうです。

恥ずかしながら、私自身がまさにこのパターンで、流れのままに修士から同じ系列のラボ(正確に言うと修士の時の指導教官A先生の弟子B先生が立ち上げた他大学のラボ)の博士課程に進学しました。修士の終わりごろに博士論文のテーマをB先生から提示され、非常に魅力的に思えたので、迷いもありませんでした。

実はA先生は、行き先は「よく考えて決めるように」とアドバイスをくださり、他の行き先の候補まで具体的に提案してくれていました。しかし、私はそれらの選択肢を吟味することなく、Bラボに進んだのです。

結果、ありがたいことにDC1に通り、予定通り3年で博士号を取得し、筆頭ではないにせよNCSペーパー(Nature, Cell, Scienceの略)にも名前を載せることができ、学会から賞もいただきました。

外からみると順風満帆な経歴に見えるかもしれません。ですが、概ねできあがっていたB先生の研究計画に従って研究を進めたおかげで成果は出せたものの、「リサーチクエスチョンを一から練り試行錯誤する」というプロセスを、あまり経験しませんでした。

その結果…結局ポスドク5年目にしてアカデミアを卒業することになりました。すぐ論文になるようなテーマで業績を稼ぐのに飽き足らず(というか体力的にこの戦略は大変と悟り)、チャレンジングなプロジェクトを手がけているラボに移ったまではよかったのですが、どのように実験を進めたらいいのか、さっぱり分からなくなってしまったのです。「業績が華々しいラボで流行りのテーマをやると後で詰む」と聞いたことがありますが、まさにそのケースです。今思えば、チャレンジングなテーマを温めつつ、まずは論文になりそうなプロジェクトを並行して走らせるべきでした。海外の大学院では、自分の専門分野の周辺でリサーチプランを書かせるという授業があるそうですが、本当にそのようなトレーニングは大事だなとつくづく思います。

「Bラボに進学するのをよく考えるように」とA先生が言ったのは、すぐ結果がでそうなテーマや流行りの研究は、業績にはなるけれどトレーニングにならないということを見越していたからかもしれません。

 

こんな私が自戒を込めて、ラボ選びの指標になると考える5つのポイントはこちらです。

 

1. 指導教官・PIの人柄

先生というものは、少なくとも高校までは、生徒の成長を心から願い、サポートしてくれる存在ですよね(もちろん例外もありますが)。大学に合格するよう勉強を教えてくれたり、試合で勝てるよう部活をサポートしてくれたりします。悩んでいれば相談にのり、必要とあればカウンセラーを紹介してくれるかもしれません。

なぜ、こんなことをしてくれるのでしょう?

それは生徒がいい大学に入り、大会で優勝し、いじめや自殺がおこらないことが、そのまま学校や先生の評価にもつながるからです。言い換えれば、「生徒の幸せ」と「先生の利益」が一致しているのです。

では大学院の先生はどうでしょう?

もちろん、あなたの成長を願うし、応援もしてくれますが、これらは最優先事項ではありません。彼らの最重要課題はズハリ、「研究業績をあげること」です。

親身になって相談にものってくれますし、学生の幸せを願ってくれるかもしれませんが、それは、学生が幸せな方が結果を出しやすいからです。研究室のボスは中小企業の社長さんのようなものです。社員(学生)がどんなに幸せでも、会社(研究室)が業績(研究成果)を上げなければ倒産してしまいます。

ですから大学院では、自分の幸せと指導教員の利益は一致するとは限らないという前提に立たなければなりません。「パートナーと結婚する前は両目を開けて、結婚してからは片目をつぶって」という格言がありますが、ボス選びも、両目をカッと開いていきましょう。

実際に中に入ってみないとわからないことも多いのですが、だからこそ、ポスドクや院生、できれば卒業生にもよ~く話を聞いて、ボスの人柄や普段の様子を知りましょう。実習や講義を受けただけで判断してはダメです。

ある人に教えてもらって、なるほどと思ったのは、「ボスの悪口を言わないラボは要注意」というアドバイスです。ボスも人間。一つぐらい欠点があるはずです。それを口にできないラボは相当ブラックだよ、とのことでした。

あと、ボス自身がハッピーかどうかも大事ですね。プライベートを大切にしているか、健康やメンタルヘルスの管理を行っているか、趣味はあるか、なども押さえておきたいところです。

また、人柄だけでなく、自分との相性も大事です。ノーベル生理学医学賞を受賞したロバート・レフコウィッツ博士は、良いメンターの条件の一つとして、「メンターが自身のメンターを尊敬していること」を挙げ、「今でもかつてのボスに相談にのってもらうし、自分もラボを卒業した〈こどもたち〉の相談にのっている」と語っています(参考記事)。

ポスドクになるにせよ、企業に就職するにせよ、推薦状を書いてもらうなら、まずは指導教員でしょう。巣立った後も何かとお世話になります。キャリアの初期に良いメンターに巡り合えるかどうかは、その後を左右する大事な要素なのです。

 

2. 指導方針:牧場型 vs. 工場型

生物物理学がご専門で2009年にnatureのメンター賞を受賞された大沢文夫先生(故人)は、多くの素晴らしい弟子を育て、そのラボは「大沢牧場」と称されました。

門下のお一人、郷道子博士が当時のラボの様子を書いていらっしゃいますが、学生たちは先生を「さん」づけで呼び、教授室はなく、学生と同じ大部屋に机を置いていたといいます。あれこれ細かい指示は出さずに、闊達な議論をうながして学生たちを指導していたそうです。

大沢先生(この呼び方をご本人は好まないかもしれませんが、尊敬している方なので、あえて「先生」と書かせていただきます)は、「我慢して指導はせず、じっくり待つようにしていた」と語っていらっしゃいます(参考記事、p8-9)。

牧場とは対照的に「工場」型のラボも存在します。

ボスが研究方針を決めて細かい指示を出し、学生はそれに従って実験をし、うまくいかないときは次の指示をあおぐ。余計な実験はしない。ラボの中にはボスが決めたルールがたくさんある。いわゆるトップダウン型ですね。この方法で高い業績を上げているラボもたくさんありますし、学生にとっても確実に論文が出るので人気があります。

一見よさそうですが、このようなラボにいると自分の頭で考えるチャンスを失ってしまう可能性があります。また、研究不正が起きやすいのもトップダウン型のラボの特徴です。得られたデータを再現する自信がないのにボスの意向で論文が発表されてしまったり、知らず知らずのうちにボスに忖度して都合のいいデータのみを集めてしまったり、ということが起こりがちです。

博士課程のときにどちらのラボにいるのがいいかといえば、やはり牧場型ではないでしょうか。学位の取得に3年以上かかってしまうかもしれませんし、発表する論文の数も少なくなるかもしれませんが、長い目で見れば良いトレーニングを受けることができます。

実際、日本の大学院生および指導教員を対象にした調査では、手取り足取り型のトレーニングをうけるより、自主性を重んじた教育を受けた方が、短期的な業績は劣るものの、長期的には、より高い業績を上げる傾向がみられたそうです。

牧場型のラボにいくと、ポスドクにアプライするときに業績が少なくて不利になるのでは?と心配になるかもしれませんが、業績より大事なのは「創造力」です。実際、ノーベル賞受賞者たちがポスドクに求めるものとして、IFの高い業績リストや習得したスキルよりも、「自分ならこんな実験をしてみたい」というアイディアや、「周りといかに協力しながらプロジェクトを作り上げてきたか」という経験を挙げています(参考動画)。

 

3. メンバーの多様性

器の大きいボスのもとには、さまざまな人々が集まってきます。ジェンダー、国籍、人種などのバランスが取れているラボは、透明性が高く、理不尽なルールがなく、過ごしやすいラボである可能性が高いです。

卒業生に企業で働いている人がいるかどうかもポイントです。多様な人材の育成に関心があるかどうかの指標になりますし、そのような先輩がいれば、就活のアドバイスももらえるかもしれません。外国人の留学生やポスドクがいれば、ラボのミーティングは英語でやることになるので、英語のプレゼン力を鍛えるいい機会にもなります。

 

4. 研究室の規模

一般的に、PIになりたてのボスが運営するラボは小規模で、年齢や経験が増すにつれてラボの規模は大きくなっていきます。

小さなラボ、大きなラボにはそれぞれのメリットとデメリットがある、とイリノイ大学シカゴ校でPIをしている山田かおり博士は語っています(参考動画17:10あたり)。

小さなラボでは、PIが学生の指導に慣れていない反面、目が行き届いて丁寧な指導が受けられ、ラボの立ち上げに関わることもできるというメリットがあります。

一方で大きなラボは、先輩も多く、情報も集まり、活気がありますが、反面、派閥ができたり、いざこざも起こりやすくなるかもしれません。

私自身はというと、博士の時は立ち上がったばかりの小さなラボにいたので、先輩や同期がおらず、入ってくる情報量も圧倒的に少なく、同年代でロールモデルとなる人もいませんでした。

その後ポスドクで大きなラボに移った時、情報共有のシステムや試薬の管理方法など、こんなやり方があるのか!と目から鱗の連続でした。週1回のジャーナルクラブでも、カバーしているジャーナルの種類が多く、自分があまりよく知らない分野の最新情報を耳学問として入手できました。何よりラボのメンバーと実験の進め方について気軽に相談することができましたし、いつも誰かが新しい方法を試していて、その結果を共有できたこともありがたかったです。

あくまで個人的な意見ですが、

博士課程では、ある程度大きなラボで過ごし

ポスドクになってから、小さなラボも経験してみる

のがおススメだと思っています。

競争の激しい流行りのテーマはポスドクがこなし、地味だけどじっくり取り組めるテーマをドクターの学生が請け負う。そのような住み分けがなされるラボ、その程度のマンパワーがあるラボが理想です。

Twitterでみつけたのですが、奈良先端科学技術大学院大学のとある研究室のメンバーが新入生の修士1年向けに大学院生活についての手引きを公開していました。こちらのラボはいわゆるビッグラボ(40ページ目参照)だそうですが、このように親身になって後輩を心配してくれる先輩が、さまざまなノウハウを共有してくれるのも、大きなラボの魅力ですね。

 

5. 研究テーマ

最後に、研究テーマについても触れておきたいと思います。

繰り返しになりますが、インパクトファクターが高いジャーナルに載るような研究テーマが博士課程のテーマとしてふさわしいとは限りません。シェルパに助けられてエベレスト級の山に登るのではなく、近場の山でいいので自力で行って帰ってくる方が、はるかに良いトレーニングになるのです。

ノーベル賞を受賞した利根川進博士は、大学院大学として開校まもないカルフォルニア大学サンディエゴ校で博士号をとりました。ラボローテーションをしたものの、しっくりくる研究室が見つからず(参考記事)、ようやく決めたラボでの成果についても「悪くはないけど、取り立てて誇れるものでもなかった」と語っています(動画17:17あたり)。

博士課程のテーマはラムダファージの転写制御の分子遺伝学的メカニズムの解明で、論文はPNASに受理されたそうですし、私達から見れば十分立派な成果だと思いますが、少なくともご本人にとっては、それほどではなかったようです。しかし、この時に習得した技術が、後にノーベル賞の受賞対象となる抗体の多様性のメカニズムの解明に欠かせなかったといいます。

また、はからずも博士論文のテーマがノーベル賞の受賞対象となった物理学者のDider Queloz博士でさえ、「博士課程の研究テーマなんて関係ない」と断言し(動画21:27あたり)、大切なのはメンターの指導法や相性だと語っています。師匠であるMichel Mayor博士(この方も共同でノーベル賞を受賞)は、研究の方向性を8割伝えるのみで、残りの2割は自分で何とかしなさい、という指導方針だったそうで、その2割のおかげて自身の創造性を発揮できたと分析しています。

 

いろいろと条件を挙げてみましたが、100点満点のラボなど、どこにもありません。それぞれのラボにメリット・デメリットがあります。

なので、様々なラボを経験することが大事です。多様なマネージメントの在り方を学べますし、専門知識・経験の幅も広がります。行く先々で長所をとりいれ、短所を反面教師とし、自らの肥やしにしていけばいいのです。

本当はラボローテーションのシステムがあるといいですね。アメリカやイギリスでは、大学院の1年目に1学期はAラボ、2学期はBラボ、3学期はCラボという風に分野の異なる研究室に所属するようになっています。様々な手法や考え方が学べますし、いろいろなラボのやり方を経験できますし、ボスとの相性もおのずとわかります。

また、海外の大学院では研究計画(proposal)を一から練り、審査に通ってから研究をスタートさせるのが一般的なようです。繰り返しになりますが、自戒を込めて「研究計画を一から練る」プロセスが本当に大事です。

海外、と書きましたが、実は日本にもそのような大学院があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)です。2021年メンターアワードに輝いた田中和正准教授がOISTの様子をポッドキャストで語っていらっしゃいますので、ぜひ聞いてみてください。田中先生ご自身もアメリカで博士号を取得されたそうですが、その経験を生かして、学生主導で幅広いテーマに取り組んでいらっしゃいます。

いったん博士課程に進んでから途中でラボを変えるのは、とてもエネルギーを使うのでお勧めしませんが、修士から博士に進学するタイミングは、絶好のチャンスです。

この記事が、どうか修士課程に在籍している方の目に留まることを祈っています。もし、時すでに遅し、すでに博士課程に在籍している方が読んでくださっているのなら、そして今いるラボがご自分に合っていないのなら…くれぐれも体と心を大切にして、まずは学位をとり、ポスドクのラボ選びで失敗しないように経験を活かしていただけたらと思います。

 

参考サイト

☆ Cell Mentorの記事 how to choose the right lab for me

☆ バイオ研究者の様々な歩み「 生命科学DOKIDOKI研究室