ヒロコのサイエンスつれづれ日記

フリーのサイエンスライターです。論文執筆・研究・キャリアについて発信していきます。

もしもブラックラボに入ってしまったら

少し前の話ですが、日本のアカデミアの闇をテーマにした「今ここにある危機とぼくの好感度について」というドラマが放映されました。研究室のように閉じた小さな世界は、とかくブラックになりやすいものです。

以前「行っていいラボ、いけないラボ」にも書きましたがラボ選びは慎重にしなければなりません。とは言え、研究室に入ってみたら、こんなはずじゃなかった…たという事例は本当に多いです。

もし入ったラボで理不尽な扱いを受けたら、どのように対処すればいいのでしょう?

ブラックラボ学生イメージ

こんなはずじゃなかったのに…とモヤモヤしていませんか?

ブラックな職場に共通する4つの特徴(とその対策)

ブラックな職場はアカデミアに限らず存在します。例えば介護や保育の現場もそのようになりやすいと言われています。

余談になりますが、私の娘が通っていた幼稚園も若い先生が数年で辞めてしまい、非常勤のスタッフをやりくりして運営していました。きめ細やかな保育に定評があるものの、裏を返せば細かいルールがたくさんあり、保護者もそれを守らなければなりませんでした。園長やベテラン先生の流儀が絶対で、保育後の反省会議の時間も長く、若い先生たちが辞めていくのも納得でした。

その幼稚園を見ていて、ブラックな職場には共通点があるかも?と気がつきました。

 

1.少人数の閉じたコミュニティー

その幼稚園は3学年3クラスからなり、スタッフも10名という小規模なところでした。研究室も、小さなラボならそのくらいの規模でしょうか。

一概に少人数だからダメとは言えないのですが、人数が多ければ悪い噂が必ず外に漏れますし、ボスの存在感も相対的に弱まります(その一方でメンバー間の派閥争いという別の問題が浮上することもありますが、本題から逸れるのでここでは触れません)。少人数の場合、不都合な真実が容易に隠蔽されてしまいやすく、第三者に訴えることが難しくなりがちです。

大手企業では人事評価のシステムが行き届き、上司が部下を評価するだけでなく、部下も上司を評価し、上司の人事に少なからず影響を与えます。また、ハラスメント防止のための研修も定期的に行われます。

大学でも、例えば東京大学のように大きな所帯であればハラスメント相談所のような機関がありますが、残念ながら全ての大学でそのようなシステムが機能しているわけではありません。

もし理不尽な対応を受けているのであれば、何かしらその証拠を記録し(あまりお勧めしたくはありませんが、音声データを録音するとか、または日記のように記すのでもいいでしょう)、より上位のポジションにいる人(例えば学科長)に相談するのも一つの手です。

 

2.ボスが威圧的

娘が通っていた幼稚園は、実は以前は人気があり、若手から中堅、ベテランに至るまでスタッフの年齢にも幅がありました。様子がおかしくなったのは、園長が交代してからです。とても気が短い人で、気に入らないことがあると、相手がスタッフであれ、保護者であれ、すぐ声を荒げて怒鳴ってしまうのです。

そうなると、スタッフは園長の言いなりになり、思考停止におちいってしまいます。実際、コロナ禍にもかかわらず、園長はマスクもしないで話をするので保護者からクレームがでているそうです。スタッフの誰かが注意すれば、そのようなことは防げるはずですが、ワンマン先生に物申すなど、許されないのかもしれません。

diversity is power(多様性こそ力なり)という言葉がありますが、一つのチームに様々な特徴を持つ人が共存し、それぞれが強みを発揮してこそ、困難な課題も乗り越えられるというものです。研究という未知の事象を解明する仕事ならなおさらでしょう。

なぜ威圧的な態度が許されてしまうかと言うと、やはり、その上に監督する人がいないからだと思います。幼稚園の園長もラボのPIも、いわば一国一城の主。いかようにも振る舞うことができてしまうのです。威圧的な性格を変えることは難しいかもしれませんが、組織に透明性があればある程度、抑止できます。

以前の記事にて、アメリカの博士課程では厳しい中間審査があり、まずはproposalをしっかり書いてpreliminary examを突破しなければ候補生になれないことをご紹介しましたが、このような制度も、所属するラボだけでなく審査委員会のメンバー全体で学生を見守り、透明性を高めるための取り組みと言えます。

また、大学によってはjoint programといって、異なる大学間の2つの研究室で指導をうけながら博士号をとることも可能です。

博士課程の途中でラボを変えるのは難しいかもしれませんが、実験をなかなかさせてもらえない、データがあるのに論文を書かせてくれない、などの問題が発生しているのであれば、透明性の高いシステムを導入しているラボに移ることも検討してもいいかもしれません。その際、推薦状は当然、指導教官以外に書いてもらうことになるでしょうから、助けてくれそうな研究者をみつけるところから始めましょう。

ポスドクであれば、「このデータを論文として書かせてくれないのであれば、ライバルの○○ラボに移って実験の続きをするが、それでもよいのか」など脅す提案するのも有効かもしれません。

 

3.必要以上に細かいルールがたくさんある

実験系のラボでは、機器の取り扱いに関するルールや実験手法のプロトコールが決められているかと思います。そのようなルールやプロトコールは、原則、守るべきだと思います。ところが、中には首をかしげたくなるようなルールを設けているラボもあります。

私がかつて所属していたラボでは、週に1回掃除をすることになっていたのですが、ボスの指示で、必ず「窓を開けて」掃除機をかけることになっていました。そうしないとホコリが室内にとどまってしまうから、というのが理由で、窓を開けないと厳しく怒られました。

当時は「そこまで差があるのかな?」と思いつつ、「まあ、ボスの気が済むならそうしておこう」と言うとおりにしていました。数年後、とあるTV番組で、どのような掃除方法がホコリを取り除く効果が高いかを検証をしていたのですが、空気の流れがあるとホコリが舞いあがってしまうので、そもそもファンを回して吸引する掃除機ではなくモップの方が効果的と知りました。窓を開けて換気をよくするなど論外だったのです。

研究室のルールのなかには、このように科学的な根拠が乏しいものも存在します。よそのラボに移ってみると、それがよく分かります。もし、自分がより良いルールや手法を見出したなら、積極的に提案してみましょう。新しいやり方を受け入れてくれるラボほど、柔軟性が高く、より効率的な実験が可能になり、成果も上がるものです。

 

4.時間的拘束が長い

夜9時までは実験室にいなければならない、というのが暗黙の了解になっているラボや、ボスより先に変えると白い目で見られるという研究室、日本では珍しくないかと思います。

中には徹夜で連続して実験している先輩がいて、そのような人を高く評価する風土があります。自分もそこまでやらなきゃいけないのかな~とプレッシャーに感じることがあるかもしれません。

どうしてもそのサンプルでデータをとらなければならない、という状況であれば実験が長引くのは仕方のないことですが、<長時間労働=生産性が高い>という図式は、古い考え方です。

アメリカで博士号をとり、お子さんを育てながらポスドクをし、神経科学の分野で高い成果を上げていらっしゃるOISTの田中和正さんがpodcastで語っていらっしゃったのですが、保育園の送迎の都合で9時から5時までしか実験できない、という状況の中でも実験のプランを周到に練ることにより(例えば朝早くに起きて実験をし、いったん家に帰って子供に朝ご飯を食べさせてから保育園に送り、また実験室に戻ったとか!)、むしろ無駄な実験をすることなく効率よく仕事を進めることができたそうです。

また、夜遅くまで実験することは、欧米では危険を伴います。治安のよい日本と異なり、帰り道に襲われる可能性が高くなるからです。特に、アメリカの研究室は明るいうちに仕事を済ませる朝型のラボが多いように思います。

もし、無駄に長時間労働を強制されるようであれば、しっかり立てた計画の元、実験を遂行していること、そしてその方が成果も上がることをボスに示しましょう。

 

ステージ別ブラックラボ脱出法

1.修士課程

修士課程に在籍している人の場合、博士課程に進学するか就職するかによって打つべき手は変わってきます。

もし、博士課程に進学したいのであれば、修士の途中でラボを移るのではなく、D進のタイミングでラボを変えるのが、正直、楽です。国内だけでなく、海外の大学院も検討する絶好のチャンスかと思います。

就職を考えている場合、特に研究と就職活動の両立が難しい場合、就職に強い研究室に入り直すのも一つの手です。一時的に時間とお金がかかりますが、希望の会社に就職できればいつか回収できますし、現状に流されるままの学生よりも、環境を変えるために行動を起こす積極的な学生の方が企業に好まれる可能性すらあります。研究と就職活動の両立について就職エージェントに相談してみるのもいいでしょう。

博士課程にいこうか、就職しようか迷っている方がいたら、個人的には就職をお勧めします。企業によっては、たとえば豊田中央研究所のように研究開発に従事しながら博士号をとらせてくれるところもありますし、就職してから、やっぱり研究がしたいことに気がついて博士課程に入る人もいます。大阪大学の名誉教授でモーター蛋白質の一分子力測定の第一人者でいらっしゃる柳田敏雄先生は、修士を出て企業に就職した後、博士課程に入り直されたそうです。

 

2.博士課程

博士課程に在籍している人の場合、別のラボに移ることを真剣に考えた方がいいかもしれません。行動に移すとなると大変ですが、少なからずそういう方もいらっしゃいます。共同研究者や学会で知り合った同業者に相談してみるのもいいかと思います。

また、博士課程を中退して就職することも可能です。就職が決まったので学位の取得を待たずに中退する、と言った方が正確かもしれません。博士課程を中退すると就職に不利になると思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、意外とそうでもありません。エージェントを利用して情報収集してみましょう。

こういう時に必ず問題になるのが指導教官からの引き留めです。実は私もD2の終わりごろに「もう研究者としてやっていく自信がないので、新聞社の採用試験を受けます!」と指導教官に伝えたことがあるのですが、「あなたみたいにマイペースな人が締め切りに追われる生活に耐えられるはずがないでしょ」と一蹴されました(笑)。

こんなのはまだカワイイ方で、なかには「あのラボに移ったら、ますます学位が遠のくぞ」とか「就職に推薦状が必要でも書いてやらないぞ」のように脅してくる先生もいるかもしれません。

博士課程を中退して困るのは誰でしょう?ほかでもない指導教官です。プロジェクトを別の学生に引き継ぐとなれば論文が出るのが遅くなってしまいますし、なにより悪い噂が立ち、ラボの人気が下がってしまいます。だからこそ、必死になって脅して引き留めるのです。脅しに負けず、就職エージェントを味方につけて、自分を守りましょう。

 

3.ポスドク

ポスドクの場合、大学院生とは事情が変わってきます。指導教官には大学院生を指導し学位をとらせる義務がありますが、ポスドクはPIに雇われてる労働者です。能力のあるポスドクは採用され、そうでない者はクビを切られます。研究成果を上げる、という点でのみ利害が一致している関係です。

そのラボにいるせいで結果が出ないのであれば、さっさと見切りをつけて他のラボに移るしかありません。推薦状が必要であれば学位をとったラボの指導教官や共同研究者に依頼しましょう。

ラボの居心地は悪くても論文が出そうな場合、次の行き先を探しつつ、論文が出るまでそこにいるのが賢明です。

もちろん、心身に支障をきたすほど疲れてしまったのであれば話は別。退職も視野に入れましょう。一般的に仕事の空白期間は無いほうがいいのですが、このご時世、体調不良で休職期間が発生してもおかしくありません。実家に身を寄せながらオンラインでMBAをとるとか、データサイエンスのスキルを身につけるとか、学びの期間にしてみてはいかがでしょう。

履歴書には職歴だけでなく履修歴を書くこともできますから、空白が生じません。少し元気が出てきたら、エージェントに登録して就職活動をしてみましょう。分野や業種や待遇にこだわらなければ意外な求人が見つかるものです。特に外資系やベンチャー企業は狙い目です。業界未経験や博士号持ちを歓迎する求人もあります。

博士号保持者の就職についてはこちらのサイトも参考になります。

海外で博士号をとる、という選択

※先日、関東地方で起きた地震で被害にあわれた皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

 

前回の投稿から随分時間がたってしまいました!今回は、海外で博士号をとるという選択肢についてお話したいと思います。

日本では博士課程に進学する学生が減少していると言われています。在籍中は無収入かつ学費を払うことになりますし、博士卒より修士卒の方が就職の選択肢も多い、というのが、その理由でしょう。

もちろん、中には日本学術振興会の特別研究員DCに採択される人もいますし、最近では文部科学省が一部の博士課程進学者に対してフェローシップを支給することになったので、少し状況は改善されているのかもしれませんが、そのような恩恵にあずかれるのはごく一部の学生です。

もし学費や生活費が確実にもらえて、しかも博士号を取得した方がより待遇の良いポジションを得ることができるのであれば、ドクターコースにチャレンジする人が増えるのではないでしょうか。

海外の大学院で博士号をとるメリットは、まさにそこでにあるのです。

(1)奨学金やTA(ティーチングアシスタント)/RA(リサーチアシスタント)の制度が充実しており、給料をもらいながらPhDをとることができる

(2)博士号のステイタスが高く、アカデミアに限定しなければ就職の選択肢が多い

そして何より

(3)プログラムが充実していて真の実力が身につく、ことにあります。

いったいどんなプログラムなのか?欧米各国の博士課程の様子を覗いてみましょう!

博士号イメージ

海外で博士号のステイタスが高いのは、充実したプログラムがあるからこそ

アメリ

学部卒から博士課程に進学することができ、6年程度のプログラムとなっています。

例えば、カリフォルニア工科大学・生物学部・計算神経系Computation & Neural System(CNS)のPhDプログラムの場合ですと

  • 1年目:ラボローテーション+必修授業+qualifying exam(一般知識)
  • 2年目:ラボの配属、preliminary exam(研究テーマの理解および研究計画)
  • 3~5年目:論文審査委員会(中間報告)
  • 6年目:論文審査委員会(中間報告+最終審査defence)

となっています。

<特徴1:ラボローテーション>

3つのラボを12週間ずつ経験します。研究プロジェクトに関わり、ラボミーティングにも参加し、当該分野の概要や実験の手技を学びます。幅広く専門分野を知ることができるだけでなく、2年目からの配属先を見据えたインターンシップとして位置づけられており、学生はラボの様子を、PIは学生の様子を、あらかじめ知ることができます。ラボに配属されると5年ほど過ごすことになります。入ってから「こんなはずじゃなかった」とならないためにも、このような「お試し期間」があるのはお互いにとって良いことですね。

<特徴2:中間審査 qualifying exam/preliminary exam>

カルテクのCNSでは2回試験が行われています。

1回目は一般知識に関する口頭試験(通称qualifying exam)で、このような問題が出されるのだそうです。質問のレベルは日本の大学院入試とさほど変わらないように思いますが、幅広く出題されているところが特徴です。「私は生物が専門だから数学のことは知りません」では済まされないぞ!という大学側の姿勢を感じます。特に脳科学の分野は遺伝学、生化学、生理学、情報科学など様々な手法を用いて進められています。自分の専門分野+αの概要を知っておくと、後々、学際的なアプローチで共同研究を進める時に本当に役に立ちますし、民間企業に就職する際にも非常に強力な武器となります。

2回目の試験は配属されたラボで行った研究の中間報告および今後の計画について審査される口頭試験(通称preliminary exam)です。この試験をパスすると、晴れてPhD studentからPhD candidateになれます。過去の知見をよく調べ、自分の研究テーマについて深く理解し、指導教官と議論を重ねながら今後の計画を練ります。一般的に、審査員のメンバーは学内に限定されず、その分野の著名な研究者が加わることもあります。学生にとっては、大御所の先生からアドバイスをもらい、また自分の顔を覚えてもらう貴重な機会にもなるのです。

審査する側も真剣勝負です。最終審査defenceの段階で「その実験方法は適切ではない」などというコメントをするのは許されません。もし実験方法や研究計画に不備があるのであれば、preliminary examの時点で指摘しておく必要があります。

日本では、「とりあえず先輩の実験を引き継いで、結果がでてきたら適当なタイミングで論文にまとめておくか」のようなノリで研究が始まるラボも多いと聞きます。先輩のデータの再現性が取れなくて、悶々と半年以上すぎてしまった、などということも珍しくないでしょう。そして、実験がうまくいかない根本的な原因が別にあるにもかかわらず、その学生さんの腕が悪いせいで研究が進まないことにされてしまいがちです。

でも、研究の初期の段階で厳しい審査があるおかげで、学生は明確なビジョンの元、適切な手法で研究をスタートさせることができます。もし困ったことがあれば、指導教員だけでなく審査員のメンバーに相談することも可能でしょう。qualifying examは学生を守るシステムでもあるのです。

<特徴3:ライフイベントとの両立>

私の知り合いで、大学院生の時にお子さんが生まれた方が何人かいますが、中には、子どもを産むなら学位をとってからにするよう、指導教員からアドバイスされる人も少なくないようです。指導教員にしてみれば、妊娠・出産で学生の生産性が落ちるよりは、バリバリ実験してくれた方がありがたい、というのが本音かもしれません。

アメリカの場合、もし指導教員がそのようなことを口にしたら、即刻、訴えられてしまうでしょう。大学にもよりますが、通常、人種差別はもちろん、パワハラアカハラ、セクハラ、に関するガイドラインがきめ細かく定められ、PI達は研修を受けることになっています。

OIST(沖縄科学技術大学院大学)のYouTubeに、学内の保育園に子供を預けてからラボに向かう大学院生が紹介されていましたが、子育てしながら大学院生を過ごすことは、世界的にはごく普通のことです。

ちなみに日本で支給される研究費には、応募資格に年齢制限を設けているものがありますが、アメリカの場合は「学位取得後N年」という規定はあるものの、年齢による制限はありません。なので、厳しい競争にさらされるポスドクになってから出産するよりも、あらゆる面で守られている学生のうちに産んでおいた方がよい、と勧める人もいます。

場合によっては休学するのも一つの手ですが、学費の支払いやフェローシップの支給がどうなるのか、また最大何年休学できるのかについては、よく調べておきましょう。

☆ 高専からアメリカ大学院に進学された方が紹介する「アメリカの大学院の特徴

☆ UCバークレーの化学科の博士課程に在籍している方のブログ

 

イギリス

学部卒から博士課程に進学することができ、3~4年間のプログラムが一般的です。

UCL(University College London)のDepartment of Cell and Developmental Biologyの場合、ラボローテーション無しなら3年、ありなら4年となっています。ちなみにパートタイムだと5年という記載がありますが、これは企業に籍を置きながら博士号をとる場合に限られ、海外からの学生はビザの関係で働くことは禁じられていますから、フルタイムの扱いとなります。

20年ほど前の古い話になりますが、イギリスの大学院に進学した知り合いから聞いた話では、特別な事情がない限りプログラムの延長が認められず、年限内に学位を取得できなかった場合は退学となってしまうため、最終試験を目前にした学生たちは相当追いつめられるということでしたが、大学にもよりますし、今は少し緩和されているかもしれません。念のため、延長や休学のシステムについても確認しておいた方がいいでしょう。

オックスフォード大学の場合、transfer of status viva/confirmation of status viva(それぞれアメリカのqualifying / preliminary examに相当)という中間試験があり、事情が認められれば、confirmationの時期を延長することも可能ですが、confirmationをとったら1年間で博士論文を書き上げるというシステムになっているようです。

余談になりますがイギリスのラボの特徴としてteaの習慣が挙げられます(こちらの記事「英国式時間の使い方」参照)。日本語に訳すと「お茶の時間」となりますが、ただおやつを食べながら休憩をするのではありません。サイエンスのホットな話題や時事問題について幅広く議論する貴重な時間です。イギリス人特有のユーモアのセンスも、いかんなく披露されるひと時です。私も指導教員がイギリス留学経験者だったので、日本のラボでしたが毎日teaの時間がありました。このときの会話や議論が、口頭発表の際の質疑応答にずいぶん役に立ったと感じています。大学院生時代をケンブリッジ大学で過ごしたエリザベス・ブラックバーン博士(2009年にノーベル生理学医学賞を受賞)も、teaの時間こそcreativityの源泉であると語っています

 

ヨーロッパ

ヨーロッパの大学院は日本と同じく、修士2年+博士3~4年のプログラムが多く、candidacy(アメリカの preliminary examに相当)と呼ばれる中間試験があり、中にはラボローテーションが行われている大学もあります。

☆ドイツマックスプランク石炭化学研究所に大学院生として在籍していた方の記事

 

カナダ

修士課程を経て博士課程に進学する(2+4年程度)または学部卒から博士課程に進学する(5年程度)ことができます。ラボローテーションはあまり行われていないようですが、例えばマギル大学の場合、神経科学やゲノム編集などホットなトピックに関する様々なワークショップやサマープログラムが用意されています。

マギル大学に進学した方の記事:入試の際の推薦状をもらうノウハウについても書かれています。

☆ウォータールー大学に進学した方のブログ:カナダの奨学金の取り方や大学院の選び方について具体的な情報が満載です。

 

いかがでしたでしょうか?

色々な方の体験談をいる読んでいると、「有名な大学で学位をとりたい」というよりは、「この人のラボで仕事をしたい」というモチベーションで行き先を選んでいる方が多く、学会でPIに直接会ってからコンタクトをとるというケースも目立ちます。

パンデミックにより学会がオンラインで開催されている現状では、そのような方法でラボを見つけるのは難しいので、指導教員や先輩のツテを活用してみるのも一つの手です。

人気のラボには世界中から優秀な学生が集まり競争率も高いと聞きますが、アメリカでPIをしていらっしゃる研究者の方によると、「トップスクールを狙うより、少しレベルは落ちるけど評判のよい田舎の大学は、かなりねらい目」だそうです。紹介されたラボの大学名が有名でなくても、熱意のあるPIと充実したプログラムがあれば、素晴らしい博士課程を過ごすことができると思います。

ここにご紹介した国以外、例えばオーストラリアやシンガポールにも素晴らしいラボがたくさんあります。是非、アンテナを張って自分に合うラボをみつけてください。

 

【お役立ちサイト】 

XPLANE:海外大学院留学やその後の就職をサポートする団体 

PIO:海外大学院留学の出願をサポートするサービス

船井情報科学振興財団:博士号取得留学をサポートする奨学金

つかみが肝心!長寿遺伝子研究の権威から学ぶ、論文のイントロ作成の極意

論文のイントロダクションの書き方のコツを知るために、今回はベストセラー本『ライフスパン:老いなき世界』を書いた研究者David A Sinclair博士の論文から「つかみ」の極意を探ります。

すでに読まれた方もいらっしゃるかもしれませんが、Sinclair博士は、ハーバード大学サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子の一種)の研究を行いながら、起業もしているというスーパー研究者です。

Sinclair博士のラボから2018年に発表された論文「Impairment of an endothelial NAD+-H2S signaling network is a reversible cause of vascular aging 血管内皮におけるNAD+H2Sシグナル経路の脆弱化が血管老化の可逆的な原因である(Das et al. 2018 Cell 173, 74-89)」を読んだのですが、とても読みやすいイントロダクションで、幅広い読者を飽きさせない言い回しや、すっきりした論理の組み立てが印象的でした。

この論文のイントロダクション5段落の内容を追いかけてみました。みなさんが参考文献を読み込む時や英語論文を執筆する際のヒントになれば幸いです。

イントロイメージ

論文も短距離走もスタートが大事!

 

論文の概要

老化に伴い運動機能が低下するのは、毛細血管の減少や血流の低下が原因であると言われています。

サーチュインは老化を抑制する酵素で、血管新生を促すと考えられてきましたが、その全容は明らかではありませんでした。本論文はマウスを用いてサーチュインを介したシグナル経路を明らかにし、老化したマウスでもサーチュインを活性化させれば血管密度や血流が増加することを示したものです。

グラフィックアブストラクトを紐解きながら、もう少し詳しく見ていきましょう。

Das et al. 2018 Cell 173: 74-89

左下は若年マウス、右下は老齢マウスの骨格筋の毛細血管、上にある水色の細胞は毛細血管の内皮細胞を拡大したものです。

毛細血管の表面は内皮細胞に覆われているのですが、内皮細胞が筋細胞(myocyte)にぴったりくっついている状態では新しい血管は形成されません。あるきっかけにより内皮細胞と筋細胞の接着が弱くなると、内皮細胞から足のような先端細胞が発芽(sprouting)して新しい血管が作られます(血管新生)。

発芽に関連した一連のシグナル経路はNotch シグナルと呼ばれていますが、本研究では、SIRT1制御系の上流にあるNADがNotch受容体の細胞内ドメイン(NICD)を阻害することにより内皮細胞の発芽が促進されること、またこれに伴い血管密度が増加し、さらには血流、運動機能、持久力もアップすることが、本研究により明らかになりました。

 

イントロダクションの出だしの1文をどう書くか?

本論文のイントロは、Cell誌にしては長めで5段落からなっています。

第1段落

One of the most profound changes to the body as it ages is a decline in the number and function of endothelial cells (ECs) that line the vasculature. The performance of organs and tissues is critically dependent on a functional microcapillary network that maintains a supply of oxygen, exchanges heat and nutrients, and removes waste products. According to the Vascular Theory of Aging, vascular decline is one of the major causes of aging and age-related diseases.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

段落全体が、専門知識に言及する前の導入部分となっていますが、その内容は第1文

「加齢がもたらす最も重大な体の変化は、血管表面に存在する内皮細胞の減少および機能低下である」

に集約されています。

シンプルな文ですが、自分でこのような文章が書けるか?と自問してみると、意外と難しいと感じます。

例えば次のような書き方もできますが(DeepLの力を借りて、この和訳を英訳してみたものです)

The most significant bodily change that occurs as we age is the reduction and loss of function of the endothelial cells that line the vascular system.

原文とは受ける印象が違いますよね?

カギとなるのは下線部

原文     changes to the body as it ages

DeepL訳 bodily change that occurs as we age

で、前者ではit、後者ではweが使われています。weを使うとヒトに限定されてしまいますが、we ではなくit (= body)を使うことにより、「ヒトのみならず多様な生物に共通する老化の特徴」というニュアンスが伝わります。

サーチュイン遺伝子酵母や線虫から、マウスやヒトに至るまで幅広く存在していますから、本論文で得られたマウスの実験結果は、おそらくヒトにもあてはまる可能性があるのです。weをitに変えるだけで研究テーマの普遍的な価値をアピールすることができますね。

 

一般読者にも訴求する導入とは?

第2段落

Despite the importance of capillary loss to human health, it is surprising how little we understand about its underlying causes. Exercise is currently the best way to delay the effects of aging on the microvasculature by promoting neovascularization, but little is known about why tissues become desensitized to exercise with age. Skeletal muscle is an ideal tissue to study the effects of aging on neovascularization and capillary maintenance. For reasons that are unclear, as we age there is an increase in muscle EC apoptosis, decreased neovascularization, and blood vessel loss, resulting in reduced muscle mass (sarcopenia) and a decline in strength and endurance in the later decades of life, even with exercise. A few exercise-mimetic agents have been reported that increase mitochondrial function (e.g., resveratrol and PPARδ agonists), none of which are known to work by increasing capillary density or blood flow. SIRT1 is a member of the sirtuin family of NAD+-dependent deacylases that mediate the health benefits of dietary restriction (DR) and can extend lifespan when overexpressed. In young muscle, SIRT1 is required for ischemia-induced neovascularization, vascular relaxation, and is implicated in EC senescence. It is, however, unknown whether endothelial SIRT1 regulates microvascular remodeling in skeletal muscle tissue, and if so, whether its breakdown with age is cell-autonomous or reversible.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第2段落を「導入部」「過去の知見」「リサーチクエスチョン」に色分けしてみました。

第1文「毛細血管の減少は健康にとって重要であるにもかかわらず、その原因がほとんど明らかにされていないのは驚きである」という文は、なかなかインパクトがありますね。It is surprisingという主観的な表現は学術論文では珍しいのではないでしょうか。

あくまで私の想像ですが、マウスで得られた基礎研究の成果を臨床に応用することを念頭に置き、将来、治験に参加する一般市民がこの論文を読むことを想定しているのかもしれません。

第2文以降は「過去の知見」が紹介されています。

運動すると血管新生が促進され、毛細血管の減少が抑制されるのですが、年を重ねると、運動しても、筋肉内皮細胞のアポトーシス、血管新生の抑制、血管密度・筋量・持久力の低下が起こります。運動の代わりとなる(=模倣する)物質として、ミトコンドリア機能を高めるレスベラトロールやPPARδが知られていますが、不思議なことに、これらは血管密度や血流を増加させません。では、血管密度や運動能に関与して老化をコントロールしている物質は何なのでしょう?ここでSIRT1(第1段落のキーワード)が登場し、「SIRT1内皮細胞における毛細血管リモデリングを制御しているかどうか、またそうだとしても、SIRT1が可逆的に老化をコントロールできるかはわかっていない」とリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

リサーチクエスチョンを効果的に示す方法 

第3段落

SIRT1-activating compounds (STACs) such as resveratrol and SRT1720 have been pursued as a strategy for ameliorating age-related diseases. A more recent approach has been to restore NAD+ levels by treating with NAD precursors such as nicotinamide riboside (NR) or nicotinamide mononucleotide (NMN). NAD precursors increase the angiogenic capacity of ECs in cell culture, improve the exercise capacity of young mice, and protect against age-related physiological decline including reduced DNA repair, mitochondrial dysfunction, and glucose intolerance. Whether a decrease in NAD+ and SIRT1 activity in ECs is a cause of microvasculature loss and frailty during aging is not yet known.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第3段落では、話題がSIRT1から、その制御に関与しているNAD+へと移り、過去の知見が紹介され、「内皮細胞におけるNAD+やSIRT1活性の低下が毛細血管の減少や加齢によるフレイルの原因となっているかどうかはわかっていない」というリサーチクエスチョン(の伏線)が示されます。

 

第4段落

Another DR mimetic is hydrogen sulfide (H2S), a gas generated endogenously by cystathionine β-synthase (CBS) and/or cystathionine γ-lyase (CSE). Evidence indicates that SIRT1 and H2S may lie in the same pathway. For example, in Caenorhabditis elegans, hydrogen sulfide (H2S) extends lifespan in a Sir2.1-dependent manner. In mammals, ectopic treatment with H2S induces SIRT1 in response to oxidative stress and protects rat hearts from ischemia/reperfusion via a mechanism requiring SIRT1.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

 

第4段落では、話題がH2Sに移ります。H2SはSIRT1を制御しているNAD+のさらに上流にある物質です。

面白いのはリサーチクエスチョン(の伏線)の示し方で、通常は段落の最後に示されることが多いのですが、この段落では真ん中に出てきます。「SIRT1とH2Sが同じシグナル経路に存在する可能性は示唆されている(が、確定ではない)」と述べた後で、「例えば~」と過去の知見が記載されています。

第2、第3段落では最後の文にリサーチクエスチョンが示されていますが、第4段落では、少し変化をつけたのでしょう。論文も読み物です。とくに、

イントロダクションは大いに魅せる

ことが許される部分です。もちろんウソや盛りすぎはよくないのですが、このように

文体に変化をつける

というのは、読者の心をとらえるのに有効なテクニックですね。

 

第5段落

In this study, we tested whether a decline in SIRT1 activity in ECs is a major reason why blood flow and endurance decrease with age, and whether SIRT1 stimulation by NMN and/or H2S can reverse these changes. We show that loss of endothelial SIRT1 results in an early decline in skeletal muscle vascular density and exercise capacity, while overexpression of endothelial SIRT1 has a protective effect, ostensibly by sensitizing ECs to vascular endothelial growth factor (VEGF) coming from muscle fibers. Pharmacologically raising NAD+ levels promotes muscle vascular remodeling following ischemic injury and restores capillary density and treadmill endurance of old mice back to youthful levels, and in young mice during chronic exercise, an effect that is further augmented by H2S.

Das et al. 2018 Cell 173, 74-89

いよいよ、イントロの最終段落です。文頭にリサーチクエスチョン「本研究では内皮細胞におけるSIRT1の活性の低下が老化による血流低下や持久力低下の主な要因かどうか、またNMNまたはH2SによるSIRT1の活性化させることにより、老化により低下した血流や持久力を可逆的に常用させることができるかを検討した」が記載されています。

3回ほど伏線を仕込んでおいてからの、クライマックス。まさに「くるぞ、くるぞ、くるぞ、きた~っ!」という感じですね。こういう盛り上がり方、読んでいるとワクワクします。

通常ですと、この後に解決方法が示されることが多いのですが、本論文のイントロでは手法にはあまり言及せずに、主な結果が列挙されています。

 

イントロダクションをスッキリみせるワザ

この論文のイントロダクション、読んでみていかがでしたか?門外漢でもサクサク読める内容になっていますよね。なぜでしょう?

その理由は2つあります。

1つ目は、シグナル経路に関する記載が非常にすっきりしていることです。

過去の記事「論文のイントロダクションの書き方【4】『風が吹くと桶屋が儲かる』仕組みは階層化で説明!」にも書きましたが、「AがBを活性化するとCが上昇してDが増加し…」のような表現は、読者をうんざりさせてしまいます。シグナル経路は複雑で、経路が複数ある場合や、関与する物質の数も多いので、まともに書くと、分かりにくくなってしまいます。そこで、この論文のように

  • 図の力を借りて読者に概要を伝えておく
  • 物質ごとに段落に分けて解説する

のは、非常にスマートなやり方ですね。

2つ目は込み入ったことはあえて書かないことです。

先程、少し触れましたが、第5段落においてリサーチクエスチョンと結果が示されているものの、手法についての記載があまりありません。本論文のウリは手法の新規性ではなく、今あるテクニックを駆使してサーチュイン遺伝子のスイッチを入れることによりマウスを人工的に若がえらせることができた、という成果にあるのです。その道の研究者であれば、成果を見ただけで手法を予想できますし、専門外の読者であれば手法には興味がないか、興味があればmaterials and methodsを読むでしょう。

 

イントロダクションは、やはり読みやすさが命です。投稿前にイントロダクションだけでも第三者、できれば英語ネイティブの専門家に目を通してもらうのがいいと思います。

私がアメリカでポスドクをしていたときのラボのPIは、同じデパートメントのPIに原稿を読んでもらっていました。英文法の間違いや適切な表現を指摘してもらうだけでなく、追加すべき実験の内容や、より説得力のある文章の組み立て方についてもアドバイスをもらっていたようです。知り合いにそのような英語ネイティブがいなくても英文校正の会社でもCNSクラスのジャーナルの編集者がアドバイスをくれるサービスがありますので、是非、活用してみてはいかがでしょうか?

 

 

ポストコロナを見据えたポスドク先の探し方(後編):面接のコツ

ワクチン接種が開始され、パンデミックにより一時中断していたビザの発給が再開し、ポストコロナに向けた動きが始まっています。アカデミアも例外ではありません。

前編では、海外でポスドクをするメリットや受け入れラボの候補先の見つけ方についてご紹介しましたが、この度の後編では、ラボのジョブ・インタビュー(面接)対策や候補先の絞り込み方について、ご紹介します。

ジョブインタビュー

英語でのジョブ・インタビューを成功させるには?

ラボのPIとコンタクトをとる

ポスドクで行きたいラボの候補先が見つかったら、まずはラボのPIとコンタクトをとりましょう。

本当は、直接会いに行ってラボの様子をみたり、ラボのメンバーからボスの人柄やラボの運営方法について聞いたりするのがいいのですが、国際会議のついでならともかく、ラボ見学のためだけに渡航するのは費用がかさみますし、今は渡航するのが厳しい状況が続いています。

現状でしたら、まずはメールを書いてオンラインミーティングのアポをとるところからスタートするのが現実的なやりかたでしょう。

私だったらメールに

  • そのラボから出ている論文をよく読んで、「このラボのプロジェクトのこんなところに惹かれました!」とラブコール
  • 「自分だったら、さらにこんなことをやってみたい!」という研究のアイディア
  • 「当方、今までこんなことをやってきた者です」という自己紹介
  • 「ところで、ポスドクを受けれることは可能でしょうか?」
  • 業績リストを含む英文履歴書(CV)やLinkedInのアカウントの添付

を書きます。

さらに2回目以降のメールで

  • ラボの概要(例:取り組んでいるプロジェクト、ラボの人数、既にいるポスドクが何年くらい滞在しているか)を尋ねる
  • オンラインでのラボ・ミーティング参加希望を伝える(ラボの様子を知るため)

といいでしょう。

ただし、魅力的なラボほど、世界中からこのようなメールが送られてきますから、無視されてしまう可能性もあります。知り合いや、そのまた知り合いのツテを頼ることができれば、話が進みやすいでしょう。

 

ジョブ・インタビュー

メールでよい反応が得られたら、数回のやりとりを経て、いよいよ面接(ジョブ・インタビュー)となります。

直接対面する場合は、

  1. ラボメンバーの前でプレゼンテーションをして、今までやってきたこと、これからやりたいこと、こんな貢献ができるというアピールをする
  2. ボスから、採用・不採用の結果を聞く。給料や待遇についても交渉する
  3. ラボメンバー(全員または一部)とも面談する

の流れが一般的なようですが、オンラインミーティングでも、ほぼ同じ流れで、概ね1~2時間くらいかかるようです。

 

<面接対策1:予行演習>

英語でのオンライン会議、ドキドキしますよね。大学によっては、英会話学校と提携して英語でジョブ・インタビューを受ける練習ができるそうですが、そのようなプログラムが学内にない場合は、自腹でオンライン英会話を利用するのもいいですし、より実践に即した予行演習をしたければ、英語ネイティブの研究者とオンライン相談できるサービスを活用してみるといいと思います。

すでに学会の口頭発表やポスター発表の経験があると思いますので、その時使ったPPTスライドを編集して、今までやってきたことをまとめましょう。

 

<面接対策2:視線や顔の位置>

リアルな対面のプレゼンテーションでありがちなのが、PIの方ばかり向いて話してしまう、というパターンです。ラボメンバーの一人一人とアイコンタクトをとるように、右端、左端、中央と、面接への参加者全員に視線を移すよう心がけましょう。

ただ、オンラインのプレゼンテーションの場合はカメラに向かって話すことになりますね。ずっとカメラ目線ですと相手も疲れますので、時々手元の原稿に視線を移すのもいいと思います。ネット上で公開されているウェビナーを参考にして、登壇者のプレゼンテーションを真似してみましょう。

視線だけでなく、

  • 画面に映った自分の顔の上に適度なスペースがあるか(顔が大きく映り込んでしまうと、圧迫感を与えてしまいます)
  • カメラの位置が、顔よりやや上にきているか(下から見上げるように映るよりも、やや上から移った方が自然な印象を与えます)
  • カメラからの適度な距離があるか(顔だけでなく手も映るくらいの距離を保てば、適度に身振り手振りが入り、ライブ感が出ます)

などもチェックしましょう。

ちなみに私が個人でいいなと思っているお手本は、英国王立協会でアウトリーチを担当しているBrian Cox教授のZOOMプレゼンテーションです。顔の大きさや位置がちょうどいいですし、カメラ目線を保ちつつ、適度に手元の原稿にも視線を移しています。身振り手振りが映るくらいにカメラとの距離があるのも効果的です。後ろの背景が本棚というのもいいですね。(ただ一点、この方は偉い方なので問題ないのですが、ずっと肘をついていると、やや尊大な印象を受けるので、そこは真似しない方が無難かもしれません!)

 

<面接対策3:ジョークを盛り込む>

日本からやって来る若手研究者を、ラボの人たちはどのように見ているとおもいますか?おおむね「日本人のポスドク?どうせ真面目で手先の器用さが取り柄なんでしょ?」と感じているはずです。

その先入観を最初にドカンと打ち砕けば、プレゼンは8割成功したも同然です。ぜひプレゼンテーションの冒頭にジョークを仕込んで、聴衆の心をつかみましょう。

ユーモアのセンスがあるのは頭の良さの証でもあります。実際、TEDに出てくる一流の研究者たちは、15分程度のプレゼンテーションの始めの1分以内に、ドラゴンボールの話をしたり、聴衆に向かって面白い質問を投げかけたりして、笑いをとっています。

万が一、スベってしまっても、気にしないことです。TEDをみているとジョークを仕込んだのに笑ってもらえなかったというプレゼンもいくつか出てきます。「あれ?誰も笑ってないですね。今のジョークだったんですけど。まあ、いいや。先に進みます。Well, nobody is laughing? It's a joke!OK, Never mind. Let’s keep going.」などと言って、プレゼンテーションを先に進めましょう。

 

生活面で気を付けるべきポイント

ラボからオファーをもらえたら、最終的な行き先を決めなくてはなりません。

いざ渡航するとなると、生活面でも気をつけるべきことがいろいろあります。特に、ご家族を帯同される方は注意が必要です。

 

<1.ビザ>

ポスドクで海外に行く場合、ビザの扱いは学生ビザではなく労働ビザとなります。

国によって、ビザの期限や更新の仕組みも異なり、例えばアメリカの場合はJビザ(原則3年半まで延長可)を取得してからHビザに切り替え、さらに長く滞在する場合は永住権(グリーンカード)を取得することになります。

初回のビザの期限を超過してラボに滞在する場合、ビザの切り替えはどうすればいいのか、ビザのスポンサーになってもらえるのか、受け入れ先に聞いておくことが必要です。

また、ビザの仕組みは、国や政情によっても変化するので、

のHPで最新情報をチェックしましょう。

 

<2.家賃>

家賃にも気をつけましょう。家族構成によって住む家も変わってきます。

同じ給料でもNY、ボストン、サンフランシスコのように家賃が高い都市と、そうでないところでは手元に残るお金が全然違います。一見給料がよさそうに見えて実は家賃の高い都市だった、ということもあります。生活費や教育費が残るのか、それとも貯金を切り崩すのか、考えておく必要があります。

 

<3.配偶者の仕事>

残念ながら、配偶者の方が仕事を中断しなくてはならないケースが多いです。カップルで大学院生または研究者という方、また日本での仕事をリモートワークで続けられる方はこの限りではありません。

 

<4.日本人コミュニティ>

日本人が多く住んでいる所には、日本食レストランや日本食材店がありますし、さまざまな情報を日本語で入手することできます。ご家族がいれば、お子さんの遊び相手に日本人のお友達がいるのも心強いでしょう。

一方で、企業から派遣される駐在員とポスドクとでは、経済事情も身分の安定度も違うので、生活スタイルを比較してしまうと落ち込んでしまうかもしれません。適度な距離を保ち、自分は自分、と思うことが大事です。本人は仕事に夢中になっているので気にならないかもしれませんが、ご家族がそうならないように環境を工夫しましょう。日本人コミュニティだけに依存せず、現地コミュニティでの絆を深めるのも一つの手です。

 

<5.子どもの教育>

大きく分けて、(1)現地の学校に行くか、(2)日本人学校に行くか、(3)インターナショナルスクールに通うか、という選択肢があります。

(3)はお金がかかります。また、保育園が無料か有料かも、国によって違います。アメリカでは日本のような公立の保育園は無いらしく、月あたり10~20万円ほど、ニューヨークにいたっては30万円もかかるそうです。

配偶者が仕事を辞め、子どもの教育にお金がかかり、しかも家賃が高いとなると、家族を連れての留学は経済的に厳しいと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、海外で生活する研究者の家族をサポートするプログラムもあります。

 

<6.治安・人種差別>

昨今メディアで報道されている通りですが、パンデミックを契機に欧米でのアジア人差別が目立ちます。

比較的差別が少ない国としては、寛容な移民政策を打ち出しているカナダが挙げられます。カナダでは移民のことをimmigrantではなくnew comersと呼ぶそうです。

また、アジアの国、例えばシンガポールでしたら、アジア人差別はありません。シンガポールは治安もよく、シンガポール国立大学南洋理工大学など世界ランキングの上位に入っている大学もあり、日本人でPIをされている方もいらっしゃいます。

 

長々と書きましたが、10人いれば10通りのエピソードがあります。

様々な国でポスドクとして活躍されている方の生の声を、ぜひ参考にしてみてください。

 

【オーストラリア】

日本で学位取得後、オーストラリアでポスドクをされている方のブログ

オーストラリアは高被引用論文著者HCRが増加し、研究力を高めている国の一つです。

 

【イギリス】

上原財団のフェローシップケンブリッジ大学にてポスドクをされている方(UJAサイト

 

【カナダ】

バンクーバーポスドクをされている方のブログ

 

【スペイン】

バルセロナポスドクをされている方のブログ

 

【ドイツ】

ハイデルベルクポスドクをされている方のブログ

 

アメリカ】

ボストンでポスドクをされている方たちのポッドキャスト。お一人はカナダ、フランスでの留学経験もあり、興味深いお話が聞けます。ラボのボスとコンタクトをとる秘訣やポスドク先を探した時のエピソード(1:43:00あたり)も紹介されています。

 

また、MITの利根川研でポスドクをされていた方のポッドキャストもおすすめです。流行りの研究に飲まれてしまうのではなく、むしろそれを利用しながら独自性を打ち出し、数年先のキャリアプランを見据えて戦略的にラボを選んだお話は必聴です。

ポストコロナを見据えたポスドク先の探し方(前編):情報収集編

前回の記事「行っていいラボ、いけないラボ:博士課程進学時に見極めるべき5つのポイント」でドクターコースのラボ選びは慎重に!というお話をしましたが、実際には良い条件がそろったラボなど、そうそうあるものではありません。あったとしても競争率が高くて入れなかったり、ボスはいい感じだけれどテーマが今一つしっくりこなかったり、いろいろあります。

なんだかんだ言って、ラボとの出会いは運やタイミングにも左右されるのです。なので、必死になって理想の「ベストな」ラボを探すのではなく、「ベターな」ラボをいくつか経験すればいいと思います。海外のラボも視野に入れれば、選択の幅も格段に増えます。

パンデミックにより多くの国でビザの発給が停止され、海外留学の中止・延長を余儀なくされてしまった方もいらっしゃるかと思います。実際、アメリカは2021年3月末までJビザの発行を停止していました。ですが、4月からはビザの発給が再開され、海外でポスドクに行くという選択肢を現実的に検討できる状況になりつつあります。

私自身も学位取得後にアメリカで2年間ポスドクをしたのですが、ポスドクで海外に行くことのメリット・デメリットを踏まえたうえで、受け入れ先ラボの見つけ方、フェローシップの活用法についてご紹介したいと思います。

海外ラボ

海外のラボで様々なバックグラウンドを持つ人たちと研究してみませんか

ポスドクで海外へ行くことのメリットとは?

1.潤沢な研究予算

雇用はお金のあるところに生まれます。

バイデン政権は科学研究に費やす予算を現状GDPの0.7%から2%にまで引き上げるという目標を掲げました(参考記事)が、日本ではどうでしょうか。

日本の科学研究費はGDPでみると3%を上回っていますが、研究開発費の額で比較すると、アメリカやEUの半分に満たないのです(2019年科学技術指標)。日本の研究力の低下については、任期付きポストの運用方法や研究費の採択プロセスの問題が指摘されていますが、最も根本的な要因は

経済の低迷に起因した予算の少なさにある

と言われています。

日本人なら、やっぱり日本で暮らしたいと思うものです。美味しい食事、安全な町、親の介護や子供の教育のことなども考えればなおさらでしょう。でも、研究者としてのキャリア形成という視点から見て、本当に日本で研究を続けるメリットがあるのかどうか。予算を比較すれば、答えは自ずと見えてくるのではないでしょうか。

2.裏方の人的サポート体制が充実

研究予算の規模が大きければ、人件費も潤沢になり、それだけマンパワーの恩恵を受けることができます。

私が在籍していたアメリカのラボは20名ほどの比較的大きめのラボでしたが、ポスドクや大学院生だけでなく、テクニシャン数名に加えて、ラボマネージャーがいました。またデパートメントの秘書らがあらゆる煩雑な事務手続きをこなし、共有施設には動物実験管理者のような専属のスタッフがいて研究をサポートしていました。

日本でも大きな研究所ではこのようなシステムが導入されていますが、備品の管理や機械のメンテナンスを大学院生やポスドクが当番制で行う研究室も多いかと思います。ノーベル生理学医学賞を受賞した利根川博士のラボでポスドクをされた方も語っていらっしゃいますが、これらの細かいタスクを担ってくれる専任のスタッフがいる環境の方が、PIもポスドクも研究に集中することができ、若手研究者の成長にもつながります。

3.キャリアの選択肢が広い

研究の裏方要員が大勢いるということは、言い換えればキャリアの選択肢が広いということです。博士号取得後、ポスドクを経て民間企業にいくのは、ごくごく普通にあることですし、アカデミアに残るにしても、必ずしもPIを目指さずにポスドクやテクニシャンを続けている方(能力次第で、それなりのお給料をいただけます)や、PIを経てからNIHの行政職に移る方もいらっしゃいます。社会全体が流動的なので、40代、50代になってからも転職が容易で、それ相応のポストがあります。後述するように、ポスドクの公募情報を検索すると、様々なポストがあることが分かります。

4.問題解決力が養われる

日本で生活していると、宅急便は時間通りに届くし、物を買っても不良品に出会う確率は少ないし、天井から水が漏れてくることはほとんど無いし、電車やバスは予定通りに動いているし、スリに財布を盗まれることもないし、毎日がスムースに進んでいきます。

が、これは当たり前のことではありません。海外で生活するとなると、日本では考えられないような様々なハプニングが起こります。トラブルが起こるたびに解決しなくてはなりませんし、場合によっては自分の正当性を主張しなければなりません。

またトラブルのせいで、しばしば予定が狂うので、素早く別のタイムスケジュールを組むことになりますし、周りに助けを求める必要もでてきます。そして何より、これらの作業をすべて現地語で行わなくてはならないのです。なんというストレスでしょう!

実は、この「きちんとしていない文化で暮らす」ことこそ、常識から私たちを解放し、臨機応変に物事に対処する力を与えてくれます。不確実な世界で生き抜くためには、あらゆる知恵を総動員しなければなりませんが、それこそがまさに研究を進める上でも欠かせない問題解決能力です。

 

海外で働くデメリット

  1. 都市によっては家賃・物価が高い
  2. 配偶者を帯同する場合、ビザの条件により彼/彼女が仕事を続けられない可能性がある
  3. 子どもがいる場合、教育環境が変わったり、教育費がかかることがある
  4. 日本人コミュニティ特有のストレスがある
  5. 治安の悪さ・人種差別

のような問題が挙げられます。

海外でポスドクをするなら、単身者の方が楽かもしれません。もしご家族がいらっしゃるなら、ある程度の貯金がある方が安心でしょう。また、留学する研究者家族をサポートする助成金もあるので検討してみてはいかがでしょうか。

 

まずは行きたいラボの候補を3つ探す

ドクターの半ばを過ぎたら、情報収集を始めましょう。そして「次のラボで何を得たいのか」整理してみましょう。

 

スキルを身につけたいのか?

研究テーマを広げたいのか?

良いボスに巡り合いたいのか?

とにかく業績を稼ぎたいのか?

 

自分が必要としているものを今一度見つめなおして、候補先ラボを最低3つは探しましょう。私が有効だと思うラボの探し方を以下にご紹介します。

〈国際会議・学会に参加して探す〉

当該分野の論文を読めば、誰がどのような研究をしているかは分かりますが、ラボのPIやメンバーの様子は、実際に会ってみないとわかりません。学会発表は様々な研究者とコンタクトをとる絶好のチャンスです。今はオンラインでの開催が主流で、渡航の必要が無く、参加するハードルは以前より低くなりました。ただ、直接会うことができないのが難点です。オンライン学会で人脈を広げたいなら、それなりの作戦が必要です。

  1. 手元にデータが揃い、論文化の目途がたった時点で、まずは国際会議への参加を申し込みましょう。
  2. 参加者のリストに目を通し、ポスドク先として検討したいラボがあれば、学会の開催前にPIにコンタクトをとり、自分の発表予定と合わせて、見てほしい旨を伝えましょう。
  3. 自分が何者であるかが相手に分かるように、英文履歴書(CV)を添付しましょう。また、英語でTwitterやLinkedInのアカウントを作っておくと、より記憶してもらえる可能性が高くなります。こちらの方のように簡単なHPを作成しておくのもお勧めです。
  4. 学会で相手の発表を見た後に、連絡をとりましょう。相手の発表で面白かった点や、自分ならこんな実験をしてみたいというアイディアも合わせて伝えましょう。

〈公募情報サイトで探す〉

職探しは情報戦です。なるべくアンテナを広く張りましょう。公募情報サイトを定期的にチェックすると、思わぬ候補先が見つかることがあります。

例えばですが以下のサイトでは

ポスドクだけでなく、博士号保持者向けの様々なポストも閲覧することができます。今後のキャリアプランの参考にもなりますので、是非、チェックしてみてください。

Twitterで探す〉

実は多くのPIが、公募をかける前に自分のTwitterアカウントで「こんな人を探しています」という情報を発信しています。ハッシュタグを使って#ポスドク、#求人情報、#生物系、#posdocjobなどで検索すると、個々のラボの公募情報や

Postdocs in Ausさん (@Postdocjobsaus) / Twitter

PostdocJobs.comさん (@PostdocJobs) / Twitter

のような専用アカウントも見つかります。

気になるラボのPIやメンバーのアカウントが見つかれば、さらにラッキー。ラボの日常の様子も分かるでしょう。

 

英語で情報を発信する

ポスドクの候補先が見つかったらPIにメールを書き、返事を待ち、オンラインミーティングで、または直接、会うことになります。相手は有名ですが、こちらは無名ですので、繰り返しになりますが「どこの馬の骨かが分かるようにしておく」ことが大事です。

メールにCVを添えることを忘れないようにしましょう。初めてCVを書く場合はこちらのサンプルが参考になります(p12-14神経科学分野、p18-19生化学分野)。日本語の履歴書とは異なり、経歴を新しい方から書くので気をつけましょう。

もしSNSアカウントを持っていないようであれば(持っていても日本語なのであれば)、この際、英語のアカウントを作ってみましょう。

Twitter

ご存知のように、テキストだけでなく、動画や画像を埋めたりリンクをはることができます。こんな風に ↓ プレゼンテーションの資料を載せている人もいます。

 

自己紹介をかねて、固定ツイートにこのような資料を載せるのも一つの手ですね。

〈LinkedIn〉

あまり日本人研究者には浸透していませんが、海外では研究者もLinkedInのアカウントを持っている方が多いです。公募情報の収集も可能です。

 

発信力も研究者として重要なスキル。

もしかしたらスカウトが来るかもしれません!

 

フェローシップを活用する

「人を受け入れる物理的スペースはあるけれど、給料が出せるほど財布にゆとりがないので、フェローシップがあれば来ていいよ」と言われることがあります。

受け入れ先を決めてからフェローシップを探したら、締め切りを過ぎていたということもあるようなので(参考記事)、ラボ探しと並行してフェローシップの情報も入手しましょう。

【注意点】

有名なフェローシップには次のようなものがあります。

パンデミックの影響もあり、募集を停止していたり、今後、スケジュールや要件が変わる可能性もあるので、これらの情報(2021年4月現在)は参考程度にとどめ、くれぐれも最新情報を入手するようにしてください。

 

日本学術振興会 海外特別研究員(通称「海外学振」)】

資格:学位取得後5年以内、海外からも応募可、など

期間:2年間

支給額:年額450~650万円(研究費+滞在費)

   ※雇用関係はないので、国民保険や年金は自腹

   ※条件付きで、受け入れ先から追加の給与をもらうことができる

   ※受け入れ先での研究費の応募も可能

 

HFSP(ヒューマンサイエンスフロンティアプログラム)フェローシップ

資格:学位取得後3年以内、海外から応募する場合は在籍12ヵ月以内、など

期間:3年間

支給額:生活手当14万ドル+研究費1.5万ドル(留学先の国によって額が異なる)

 

【その他、民間のフェローシップ

内藤記念海外研究留学助成金

上原記念生命科学財団・海外留学助成

東洋紡バイオテクノロジー研究財団

 

【海外のフェローシップ

2020年からバルセロナポスドクをされている方が、日本人でも応募できる北米・ヨーロッパ・オーストラリアのフェローシップ情報や海外ポスドク応募のスケジュールをブログにつづっています。是非チェックしてみてはいかがでしょうか?

ちなみに私は、フェローシップなしで雇用してもらいました。現地で2年目にAmerican Heart Associationのフェローシップに応募し、採択されました。そのラボでは、ポスドク1年目は全員、応募することになっていましたので、先輩たちの申請書を参考に書き上げました。英語でグラントを書くのはいい経験になりましたし、採択されたことが自信に繋がりました。

フェローシップが無くても、ラボのベンチが空いていれば受け入れてくれるところは多いですし、「フェローシップが無いとダメ」と言っているラボでも交渉次第で受け入れてもらえる可能性があります。「そちらで応募しますから」といってやる気を見せて、諦めずに交渉してみましょう(あっさり諦める人ではなく、粘り強く交渉できる人かどうかを見極めるために、あえてフェローシップが無いとダメという条件を提示している可能性もあります)。

 

情報収集が終わったら、いよいよラボとコンタクトをとりましょう。

次回はジョブ・インタビュー対策について考えます。

いっていいラボ、いけないラボ:博士課程進学時に見極めるべき5つのポイント

博士課程に進学する上で「どこのラボにいくか」はとても重要です。ラボ選びに失敗すると、アカデミアに進む場合はもちろん、企業に就職するにしても、キャリア形成に深刻な影響を及ぼします。

修士からの流れでそのまま同じラボにいた方が、学振も通りやすいし、実験技術もある程度習得済みだし、なにかと楽です。

でも、いえ、だからこそ、本当にそのラボでいいのか、よ~く考えてみてほしいのです。

選択肢イメージ

現状維持が正解とはかぎりません!

現状維持バイアス」という言葉を聞いたことありますか?よっぽど不満がある場合を除き、今の状況にそこそこ満足している人の多くは「このまま進む」という選択肢をなんの疑問も持たずに選んでしまう傾向があるそうです。

恥ずかしながら、私自身がまさにこのパターンで、流れのままに修士から同じ系列のラボ(正確に言うと修士の時の指導教官A先生の弟子B先生が立ち上げた他大学のラボ)の博士課程に進学しました。修士の終わりごろに博士論文のテーマをB先生から提示され、非常に魅力的に思えたので、迷いもありませんでした。

実はA先生は、行き先は「よく考えて決めるように」とアドバイスをくださり、他の行き先の候補まで具体的に提案してくれていました。しかし、私はそれらの選択肢を吟味することなく、Bラボに進んだのです。

結果、ありがたいことにDC1に通り、予定通り3年で博士号を取得し、筆頭ではないにせよNCSペーパー(Nature, Cell, Scienceの略)にも名前を載せることができ、学会から賞もいただきました。

外からみると順風満帆な経歴に見えるかもしれません。ですが、概ねできあがっていたB先生の研究計画に従って研究を進めたおかげで成果は出せたものの、「リサーチクエスチョンを一から練り試行錯誤する」というプロセスを、あまり経験しませんでした。

その結果…結局ポスドク5年目にしてアカデミアを卒業することになりました。すぐ論文になるようなテーマで業績を稼ぐのに飽き足らず(というか体力的にこの戦略は大変と悟り)、チャレンジングなプロジェクトを手がけているラボに移ったまではよかったのですが、どのように実験を進めたらいいのか、さっぱり分からなくなってしまったのです。「業績が華々しいラボで流行りのテーマをやると後で詰む」と聞いたことがありますが、まさにそのケースです。今思えば、チャレンジングなテーマを温めつつ、まずは論文になりそうなプロジェクトを並行して走らせるべきでした。海外の大学院では、自分の専門分野の周辺でリサーチプランを書かせるという授業があるそうですが、本当にそのようなトレーニングは大事だなとつくづく思います。

「Bラボに進学するのをよく考えるように」とA先生が言ったのは、すぐ結果がでそうなテーマや流行りの研究は、業績にはなるけれどトレーニングにならないということを見越していたからかもしれません。

 

こんな私が自戒を込めて、ラボ選びの指標になると考える5つのポイントはこちらです。

 

1. 指導教官・PIの人柄

先生というものは、少なくとも高校までは、生徒の成長を心から願い、サポートしてくれる存在ですよね(もちろん例外もありますが)。大学に合格するよう勉強を教えてくれたり、試合で勝てるよう部活をサポートしてくれたりします。悩んでいれば相談にのり、必要とあればカウンセラーを紹介してくれるかもしれません。

なぜ、こんなことをしてくれるのでしょう?

それは生徒がいい大学に入り、大会で優勝し、いじめや自殺がおこらないことが、そのまま学校や先生の評価にもつながるからです。言い換えれば、「生徒の幸せ」と「先生の利益」が一致しているのです。

では大学院の先生はどうでしょう?

もちろん、あなたの成長を願うし、応援もしてくれますが、これらは最優先事項ではありません。彼らの最重要課題はズハリ、「研究業績をあげること」です。

親身になって相談にものってくれますし、学生の幸せを願ってくれるかもしれませんが、それは、学生が幸せな方が結果を出しやすいからです。研究室のボスは中小企業の社長さんのようなものです。社員(学生)がどんなに幸せでも、会社(研究室)が業績(研究成果)を上げなければ倒産してしまいます。

ですから大学院では、自分の幸せと指導教員の利益は一致するとは限らないという前提に立たなければなりません。「パートナーと結婚する前は両目を開けて、結婚してからは片目をつぶって」という格言がありますが、ボス選びも、両目をカッと開いていきましょう。

実際に中に入ってみないとわからないことも多いのですが、だからこそ、ポスドクや院生、できれば卒業生にもよ~く話を聞いて、ボスの人柄や普段の様子を知りましょう。実習や講義を受けただけで判断してはダメです。

ある人に教えてもらって、なるほどと思ったのは、「ボスの悪口を言わないラボは要注意」というアドバイスです。ボスも人間。一つぐらい欠点があるはずです。それを口にできないラボは相当ブラックだよ、とのことでした。

あと、ボス自身がハッピーかどうかも大事ですね。プライベートを大切にしているか、健康やメンタルヘルスの管理を行っているか、趣味はあるか、なども押さえておきたいところです。

また、人柄だけでなく、自分との相性も大事です。ノーベル生理学医学賞を受賞したロバート・レフコウィッツ博士は、良いメンターの条件の一つとして、「メンターが自身のメンターを尊敬していること」を挙げ、「今でもかつてのボスに相談にのってもらうし、自分もラボを卒業した〈こどもたち〉の相談にのっている」と語っています(参考記事)。

ポスドクになるにせよ、企業に就職するにせよ、推薦状を書いてもらうなら、まずは指導教員でしょう。巣立った後も何かとお世話になります。キャリアの初期に良いメンターに巡り合えるかどうかは、その後を左右する大事な要素なのです。

 

2. 指導方針:牧場型 vs. 工場型

生物物理学がご専門で2009年にnatureのメンター賞を受賞された大沢文夫先生(故人)は、多くの素晴らしい弟子を育て、そのラボは「大沢牧場」と称されました。

門下のお一人、郷道子博士が当時のラボの様子を書いていらっしゃいますが、学生たちは先生を「さん」づけで呼び、教授室はなく、学生と同じ大部屋に机を置いていたといいます。あれこれ細かい指示は出さずに、闊達な議論をうながして学生たちを指導していたそうです。

大沢先生(この呼び方をご本人は好まないかもしれませんが、尊敬している方なので、あえて「先生」と書かせていただきます)は、「我慢して指導はせず、じっくり待つようにしていた」と語っていらっしゃいます(参考記事、p8-9)。

牧場とは対照的に「工場」型のラボも存在します。

ボスが研究方針を決めて細かい指示を出し、学生はそれに従って実験をし、うまくいかないときは次の指示をあおぐ。余計な実験はしない。ラボの中にはボスが決めたルールがたくさんある。いわゆるトップダウン型ですね。この方法で高い業績を上げているラボもたくさんありますし、学生にとっても確実に論文が出るので人気があります。

一見よさそうですが、このようなラボにいると自分の頭で考えるチャンスを失ってしまう可能性があります。また、研究不正が起きやすいのもトップダウン型のラボの特徴です。得られたデータを再現する自信がないのにボスの意向で論文が発表されてしまったり、知らず知らずのうちにボスに忖度して都合のいいデータのみを集めてしまったり、ということが起こりがちです。

博士課程のときにどちらのラボにいるのがいいかといえば、やはり牧場型ではないでしょうか。学位の取得に3年以上かかってしまうかもしれませんし、発表する論文の数も少なくなるかもしれませんが、長い目で見れば良いトレーニングを受けることができます。

実際、日本の大学院生および指導教員を対象にした調査では、手取り足取り型のトレーニングをうけるより、自主性を重んじた教育を受けた方が、短期的な業績は劣るものの、長期的には、より高い業績を上げる傾向がみられたそうです。

牧場型のラボにいくと、ポスドクにアプライするときに業績が少なくて不利になるのでは?と心配になるかもしれませんが、業績より大事なのは「創造力」です。実際、ノーベル賞受賞者たちがポスドクに求めるものとして、IFの高い業績リストや習得したスキルよりも、「自分ならこんな実験をしてみたい」というアイディアや、「周りといかに協力しながらプロジェクトを作り上げてきたか」という経験を挙げています(参考動画)。

 

3. メンバーの多様性

器の大きいボスのもとには、さまざまな人々が集まってきます。ジェンダー、国籍、人種などのバランスが取れているラボは、透明性が高く、理不尽なルールがなく、過ごしやすいラボである可能性が高いです。

卒業生に企業で働いている人がいるかどうかもポイントです。多様な人材の育成に関心があるかどうかの指標になりますし、そのような先輩がいれば、就活のアドバイスももらえるかもしれません。外国人の留学生やポスドクがいれば、ラボのミーティングは英語でやることになるので、英語のプレゼン力を鍛えるいい機会にもなります。

 

4. 研究室の規模

一般的に、PIになりたてのボスが運営するラボは小規模で、年齢や経験が増すにつれてラボの規模は大きくなっていきます。

小さなラボ、大きなラボにはそれぞれのメリットとデメリットがある、とイリノイ大学シカゴ校でPIをしている山田かおり博士は語っています(参考動画17:10あたり)。

小さなラボでは、PIが学生の指導に慣れていない反面、目が行き届いて丁寧な指導が受けられ、ラボの立ち上げに関わることもできるというメリットがあります。

一方で大きなラボは、先輩も多く、情報も集まり、活気がありますが、反面、派閥ができたり、いざこざも起こりやすくなるかもしれません。

私自身はというと、博士の時は立ち上がったばかりの小さなラボにいたので、先輩や同期がおらず、入ってくる情報量も圧倒的に少なく、同年代でロールモデルとなる人もいませんでした。

その後ポスドクで大きなラボに移った時、情報共有のシステムや試薬の管理方法など、こんなやり方があるのか!と目から鱗の連続でした。週1回のジャーナルクラブでも、カバーしているジャーナルの種類が多く、自分があまりよく知らない分野の最新情報を耳学問として入手できました。何よりラボのメンバーと実験の進め方について気軽に相談することができましたし、いつも誰かが新しい方法を試していて、その結果を共有できたこともありがたかったです。

あくまで個人的な意見ですが、

博士課程では、ある程度大きなラボで過ごし

ポスドクになってから、小さなラボも経験してみる

のがおススメだと思っています。

競争の激しい流行りのテーマはポスドクがこなし、地味だけどじっくり取り組めるテーマをドクターの学生が請け負う。そのような住み分けがなされるラボ、その程度のマンパワーがあるラボが理想です。

Twitterでみつけたのですが、奈良先端科学技術大学院大学のとある研究室のメンバーが新入生の修士1年向けに大学院生活についての手引きを公開していました。こちらのラボはいわゆるビッグラボ(40ページ目参照)だそうですが、このように親身になって後輩を心配してくれる先輩が、さまざまなノウハウを共有してくれるのも、大きなラボの魅力ですね。

 

5. 研究テーマ

最後に、研究テーマについても触れておきたいと思います。

繰り返しになりますが、インパクトファクターが高いジャーナルに載るような研究テーマが博士課程のテーマとしてふさわしいとは限りません。シェルパに助けられてエベレスト級の山に登るのではなく、近場の山でいいので自力で行って帰ってくる方が、はるかに良いトレーニングになるのです。

ノーベル賞を受賞した利根川進博士は、大学院大学として開校まもないカルフォルニア大学サンディエゴ校で博士号をとりました。ラボローテーションをしたものの、しっくりくる研究室が見つからず(参考記事)、ようやく決めたラボでの成果についても「悪くはないけど、取り立てて誇れるものでもなかった」と語っています(動画17:17あたり)。

博士課程のテーマはラムダファージの転写制御の分子遺伝学的メカニズムの解明で、論文はPNASに受理されたそうですし、私達から見れば十分立派な成果だと思いますが、少なくともご本人にとっては、それほどではなかったようです。しかし、この時に習得した技術が、後にノーベル賞の受賞対象となる抗体の多様性のメカニズムの解明に欠かせなかったといいます。

また、はからずも博士論文のテーマがノーベル賞の受賞対象となった物理学者のDider Queloz博士でさえ、「博士課程の研究テーマなんて関係ない」と断言し(動画21:27あたり)、大切なのはメンターの指導法や相性だと語っています。師匠であるMichel Mayor博士(この方も共同でノーベル賞を受賞)は、研究の方向性を8割伝えるのみで、残りの2割は自分で何とかしなさい、という指導方針だったそうで、その2割のおかげて自身の創造性を発揮できたと分析しています。

 

いろいろと条件を挙げてみましたが、100点満点のラボなど、どこにもありません。それぞれのラボにメリット・デメリットがあります。

なので、様々なラボを経験することが大事です。多様なマネージメントの在り方を学べますし、専門知識・経験の幅も広がります。行く先々で長所をとりいれ、短所を反面教師とし、自らの肥やしにしていけばいいのです。

本当はラボローテーションのシステムがあるといいですね。アメリカやイギリスでは、大学院の1年目に1学期はAラボ、2学期はBラボ、3学期はCラボという風に分野の異なる研究室に所属するようになっています。様々な手法や考え方が学べますし、いろいろなラボのやり方を経験できますし、ボスとの相性もおのずとわかります。

また、海外の大学院では研究計画(proposal)を一から練り、審査に通ってから研究をスタートさせるのが一般的なようです。繰り返しになりますが、自戒を込めて「研究計画を一から練る」プロセスが本当に大事です。

海外、と書きましたが、実は日本にもそのような大学院があります。沖縄科学技術大学院大学(OIST)です。2021年メンターアワードに輝いた田中和正准教授がOISTの様子をポッドキャストで語っていらっしゃいますので、ぜひ聞いてみてください。田中先生ご自身もアメリカで博士号を取得されたそうですが、その経験を生かして、学生主導で幅広いテーマに取り組んでいらっしゃいます。

いったん博士課程に進んでから途中でラボを変えるのは、とてもエネルギーを使うのでお勧めしませんが、修士から博士に進学するタイミングは、絶好のチャンスです。

この記事が、どうか修士課程に在籍している方の目に留まることを祈っています。もし、時すでに遅し、すでに博士課程に在籍している方が読んでくださっているのなら、そして今いるラボがご自分に合っていないのなら…くれぐれも体と心を大切にして、まずは学位をとり、ポスドクのラボ選びで失敗しないように経験を活かしていただけたらと思います。

 

参考サイト

☆ Cell Mentorの記事 how to choose the right lab for me

☆ バイオ研究者の様々な歩み「 生命科学DOKIDOKI研究室

 

 

 

 

 

「行き先を知らずに歩く」ためのストラテジー

「就職のあてもないのに博士課程に進むなんて無謀だ」とよく言われます。でも、将来のプランがはっきりしている生き方は、本当に安全なのでしょうか?

前回の記事で、博士課程に進む際に指導教官から「行き先を知らずに旅に出ても、必ず行く先々で進むべき道が示される」とアドバイスされた話をしました。

進むべき道、つまり就職先がみつかる保証があるのか、というのは切実な問題です。しかし、よく考えてみれば、行き先を知らずに進む力は、本来、生物が持っている生存能力そのものです。今日は行き先を知らずに歩くために必要な戦略について考えます。

キャリア選択

どの選択肢をえらべばいいのか…実は「正解」を選ぶ必要はありません

生き物は常にエサや獲物、養分や光、よりよい環境を求めて生きています。サバンナで狩りをするライオンを想像してみてください。エサであるシマウマは群れをなして動き回っています。ライオンは遠くから虎視眈々と獲物になりそうな1匹を見つけ出し、狙いを定めたとたんに一目散に向かっていき、これをしとめます。

大腸菌のように目も耳も鼻もない、脳や神経を持たない単純な生物にさえ、エサに近づくための仕組みが備わっています。大腸菌の行動パターンはいたってシンプルで、直進と方向転換の2通りだけ。直進ばかりしているとエサから遠ざかってしまうので、直進と方向転換をランダムに繰り返しています。

興味深いのは、ひとたびエサ(誘引物質)を感知すると、方向転換の頻度を上げること。方向転換を繰り返していれば、その場から遠くに移動できないので、いつまでも誘引物質の濃度が高い場所にとどまることができるというわけです(詳しい説明はこちらの解説をご覧ください)。

私たちも人生の節目節目で選択を迫られます。つねに正しい選択をできるわけではありませんし、「正解」の在り方自体も変化します。でも、

大腸菌のように直進と方向転換を繰り返せば、

いつか必ずより良い環境に身を置くことができるはずです。

私自身が心がけてきたことは

1:常に複数の選択肢を持つ

2:その中から現時点で最適と思われるものを選ぶ

3:選んだら一定期間はその仕事に真剣に取り組む

4:方向転換と直進を繰り返す

の4つです。

常に複数の選択肢を持つ

4つのストラテジーの中で、特に大事なのが「1.常に複数の選択肢を持つ」だと思います。

残念ながら選択肢は年齢が高くなるにつれて少なくなっていきます。博士課程を出ると求人が少ないと言いますが、それでも待遇にこだわりが無ければ30歳前後までは就職は可能です。昔と違ってアカリクWDBなど博士保持者向けの求人サイトもありますし、未経験OKの求人に挑戦するのもアリです。とりあえず安い給料のポストで経験を積んだ後、高給のポストに転職することもできます。

研究者にとって深刻なのは、ポスドクを2~3回経て10年くらいたった時点でPIになれていない場合、あるいはテニュア付きのポジションにつけなかった場合です。アカデミアには、「博士号取得→ポスドクテニュアなしPI→テニュア付きPI」というルートで階段を昇り詰めることこそ王道で、このルートから逸れるのは負け組、という空気がありますよね。「ここまでやってきたのに今さらアカデミアを離れるなんて」と思いますよね。それがNG

今はアカデミアの頂点を極めたような研究者でもアカデミアの外で活躍する時代です。ベストセラーとなった『ライフスパン:老いなき世界』の著者で長寿遺伝子の研究をしているシンクレア博士は、ハーバード大学の教授を務める傍らMetroBiotechというベンチャー企業を立ち上げています(参考記事)。安定したポジションにいるテニュアの教授でさえ起業しているのですから、より不安定な立場にいる研究者は、つねにアカデミア以外の選択肢も頭の中に入れておくべきではないかと思うのです。

任期付き助教を経て企業に就職した方のnoteも、大変参考になります。

定期的に選択肢を妄想してみる

「多様な抗体を生成する遺伝的原理の解明」でノーベル生理学医学賞を受賞し、現在は脳の記憶のメカニズムの解明に取り組んでいる利根川進博士は

今取り組んでいるテーマが

本当に自分にとって面白いか、重要かを

月に1回はチェックする

ことを勧めています(動画51:10あたり)。

本当に面白い課題でなければモチベーションが湧かず、パフォーマンスも落ちてしまうからです。免疫学で大きな成果を収めた利根川博士は、常に他の選択肢と比較しながらテーマを厳選した結果、同じ分野にとどまらずに脳科学の分野に方向転換する決断をし、業績をあげ続けることができたのでしょう。

研究テーマだけでなく、仕事の選択肢も、定期的に見直してみましょう。

求人サイトをチェックしてみれば、良さそうな仕事がいくつか見つかります。その中には、自分のスキルや条件に満たない求人もあるでしょう。そのスキルや経験を伸ばせる仕事が次の選択肢のヒントになります。

例えば研究や実験に行き詰りを感じているけれど、論文を読んだり、議論したりするのは好き、という人の場合、メディカルサイエンスリエゾン(MSL)という仕事に興味をもつかもしれません。求人サイトで見ると、お給料も600~1000万とよさそうです。

応募条件として、PhD保持、英語力、MSL経験、オンコロジー領域、薬剤師などいろいろ出てきます。まずは応募条件のハードルが低いところに就職してからキャリアアップを図ろうかな、英語や統計学スキルアップもしておこう、あるいはバイオの基礎研究の経験しかないから次のポスドクはがん研究のラボにアプライして臨床よりのポストを狙おう、などいろいろな選択肢がありそうですね。

ちなみにMSLの仕事についてもっと知りたい方は

なども参考になさってみてください。

いつも「正解」を選ぶ必要はない

選択肢の選び方についても考えてみたいと思います。

やりがい、給料、アクセスや勤務時間、いろいろな条件が出てきますが、「その時点で」ベストと思われるものを選べばよいと思います。先々を見越して結論を出しても、時代や状況は変われば、何がベストかも変わってしまうからです。

少しばかり、私個人の話をさせていただきます。

博士取得後、ポスドク(海外2年+日本1年)、出版社勤務を経て、今はライターとして、主に研究者へのインタビュー記事を書いています。

実は博士課程の3年目、研究に行き詰まりを感じていた時に新聞記者の求人を見つけ、科学記者になりたいと真剣に考えたことがありました。でも指導教官に相談したところ、「記者のように締め切りに追われる仕事はあなたには向いていないし、まずは学位をとることが大事」と反対され、諦めました。

あのとき、もし新聞記者になっていたら、それはそれで貴重な経験ができたかもしれません。が一方で、博士論文を書くこともなく、論文審査会でのシビアな質疑応答をすることもなく、ポスドクとして海外で一人暮らしをすることもなく、AHAのフェローシップ科研費の申請書を書くこともなかったでしょう。

これらは今の自分を作っているかけがえのない経験です。何より、これらの経験をしたからこそ、デモシカ(死語?)ではなく、心の底からライティングが好きなんだ!という実感も湧いてきたのです。

当時は新聞記者になるくらいしかサイエンスを伝える方法がありませんでしたが、20年たった今は、Twitterやブログ、ウェビナーやYouTubeも盛んになり、研究者自身が自らサイエンスの魅力を発信できる時代になりました。オープンアクセスが浸透し、研究機関に所属していなくても最新の優れた研究成果に触れることも可能になりました。おかげでサイエンスライターの門戸も広がりました。時代が変わり新しいツールが登場したおかげで、

記者をあきらめるという「不正解」が、

ポスドク経験のあるサイエンスライターになるという「正解」に変化したのです。

実は、大腸菌は方向転換をするとき、次に直進する方向をランダムに選んでいます。けっして誘引物質の濃度が高い方向を選んでいるわけではありません。にもかかわらず誘引物質に近づけるのは、方向転換の頻度を上げているから。

先の見えない世の中で最適解を見出すためには、あらかじめ緻密なプランを立てるのではなく、大腸菌のように

行く先々で選択肢を選び続けることこそ最強の戦略

のように思えます。

 

博士課程の進学やその後の就職に関しては

☆ 色々な方のご意見をうかがえる掲示板

☆ 学術関連の仕事に関するコラム

☆ Web岩波の連載「アカデミアを離れてみたら

も、のぞいてみると勉強になります。

アカデミアから離れた今思う、博士課程進学のメリット

研究者の皆さまのツイッターを見ていると、様々なキャリアステージでの悩みが伝わってきます。

「研究成果がなかなか出ない」「N年越しでやっと論文が出た」「任期付きポジションの期限が迫っているのに、次のポストが見つからなくて焦る」などなど、切実です。

茨の道を歩く先輩の姿を見てしまうと、博士課程に進まない方がいいと判断する人が増えるのも頷けます。ちなみに私は2つ目のポスドクでアカデミアから離れたのですが、就職の厳しさ、研究のモチベーションを持ち続けることの大変さ、身に染みてわかります。

でも、博士課程に進んだことを後悔していません。むしろ、アカデミア以外で働く人にこそ博士課程への進学(D進)をお勧めしたいのです。今日は、博士課程に進んで良かった理由を考えてみたいと思います。

アカデミア

アカデミア以外の道に進む人にこそ博士課程はおススメです

D進メリットその1:課題解決能力が身につく

研究とは答えのない未解決問題を解く作業です。しかもその問題からして与えられるものではなく、自ら設定しなければなりません。

答えのない問題を解くのには時間がかかります。試行錯誤は挫折の連続です。10くらい方法を思いついても、そのうち1つうまくいけばいい方、という世界です。

博士課程に進まない学生の中にも優秀な人はたくさんいます。ですが博士課程の学生が間違いなく誇れるものがあるとすれば、それは「失敗した経験の数」ではないかと思います。

結果が出るまで粘り強く取り組むためには、頭がいいだけではだめです。むしろ、それほどの頭の良さは必要ないかもしれません。

常識的なやり方だけではなく非常識なやり方も試してみる大胆さ、再現性を失わないよう一貫した手法をキープする繊細な心配り、失敗事例から学ぶ謙虚さ、そのうちなんとかなるさという楽観さ。いずれも職種を問わず課題解決に必要な資質ですが、博士課程はこの様な"ソフトスキル"や"エモーショナルインテリジェンス"を磨く貴重なトレーニングの場なのです。

 

D進メリットその2:ライティングスキルが身につく

博士号をとるためには、査読付き論文を筆頭著者として最低1報発表する、というのが条件になっているところが多いかと思います。これに加えて、なが~い博士論文を書いて提出しなければなりません。多くの人に読まれることの無い学位論文の執筆に膨大な時間を割くくらいなら、投稿論文の執筆や実験を進めたほうがよいという意見もあるようですが、悪い面ばかりではありません。

アカデミアに残るなら、毎年研究費を申請することになりますが、研究費の額が大きくなるほど申請書も長くなっていきます。私もAHA(American Heart Association)のフェローシップや若手向けの科研費を申請し、ありがたいことに採択されましたが、書いている最中は実験を完全にストップし、文献をあさり、研究の構想を練り、そして文章を遂行するのに手間も時間もかかりました。まして、NIH(National Institutes of Health)の大きなグラントともなれば、申請書の長さも労力も何倍にもなるでしょう。キャリアの早い時期に学位論文のような長い論文を書く経験をすれば、研究費申請書の作成にも訳立ちます。

一方でアカデミアに残らないのであれば、学位論文クラスの文章を書くのは一生に一度のチャンスとなるので、やはり貴重な経験です。アカデミアに限らず、およそ知的な活動を伴う仕事であれば、ライティングは必須能力。大量の情報をわかりやすい流れでまとめる学位論文の執筆を通じて、論理構成、図表、参考文献など、様々な種類の情報を編集する能力も培われます。(理系ドクターにおすすめの職種をご紹介した過去記事はこちら

 

D進メリットその3:プレゼンテーションスキルが身につく

修士課程の学生も、学会で発表したり、修論発表会をしたりするでしょう。もちろん、これらもプレゼンテーションの大切な機会ですが、博士課程の論文審査会は、その数倍大変です。

学会や修論発表会は、発表の時間+質疑応答で15~20分くらいでしょうか。でも、博士の論文審査はその倍以上、質疑応答にいたっては、制限時間はありません(細かい条件は大学ごとに違うかもしれません)。

論文は書いたものを指導教官に添削してもらえますが、口頭審査は自分だけが頼りで、しかも一発勝負。その研究テーマを深く理解しているかどうか、徹底的に試されます。同じ分野だけでなく違う分野の教授からも、研究の本質を突く質問が次々と出されます。緊張感がまるで違います。このような経験も、博士課程でしかできない貴重な経験です。

私ごとですが、20年経った今でも、論文審査での質疑のやりとりを鮮明に覚えています。異なる分野の先生が投げかけた鋭い質問に一瞬たじろぎましたが、自分でもびっくりするくらい雄弁に切り返しました。論文審査委員会でも、その受け答えがよかったとのコメントをいただきました。

それまでプレゼンが苦手で、学会発表など原稿を一字一句丸暗記で臨むタイプだった私。発表テーマへの深い理解や、研究を通じて培った洞察力が質の高いプレゼンを可能にするということを身をもって体験したその時、一皮むけて自信がつきました。

 

D進メリットその4:外資系企業の就職に有利

知り合いにフランス国立行政学院(ENA)出身の女性がいるのですが、彼女はご主人の海外転勤に、いつもついていきます。単身赴任は全く選択肢にないし、その必要もないとのこと。なんでも、ENAの卒業生たちのネットワークが世界中に張り巡らされているので、どこにいっても必ずポストが見つかるのだそうです。

博士号にENAほどの威力はないかもしれませんが、それでも海外では博士号を保持していることが高く評価され、就職にも有利に働きます。日本の外資系企業も同じです。私も夫の転勤や出産など、さまざまな事情によりキャリアを中断してきましたが、外資系企業にお世話になって今日に至っています。(すくなくとも建前上は)年齢制限を設けないので、ブランクがあってもそれほど気にせずに応募できるのも嬉しいポイントです。

ついでですが、外資系企業への就職を考えているなら、LinkedInを活用するのがお薦めです。日本の研究者では使っている人が少ないようですが、海外の研究者の多くは自分のプロフィールをLinkedInにのせ、いわばスカウト型就職のチャンスを狙うケースが一般的です。

外資系だけでなく、海外で就職をする場合もPhDは強みになります。日本で博士号を取得し、シンガポール→ベルギーと拠点を移して活躍している方もいます。

 

結局D進してしまった本当の理由

もちろん、私自身も博士課程に進学することにためらいが無かったわけではありません。親は文系出身の学部卒。博士課程に進みたいと話したところ、「博士課程なんかに行って就職先はあるのか」「理科がやりたければ学校の先生になればいいじゃないか」と反対されました。

それでも、最終的にドクターに進む決断をしたのは、青臭いかもしれませんが、じっくり物事を考え、試行錯誤し、未知の課題を解決してみたい、という気持ちが強かったこと、そして、指導教官の先生の一言

「行き先を知らないで旅に出る」

に背中を押されたからだと思います。

この言葉は旧約聖書の言葉で、アブラハムが故郷を出発するシーンで出てくるのだそうです。「人は皆、行き先を知らずに旅に出るものだ。行く先々で、失敗や困難に出会うけれども、必ずそこで進むべき道が示される。だから安心して進んでいいんですよ。」と教えていただきました。

なんと楽観的で無責任なアドバイスと思われるかもしれません。でも、この生き方こそ、どんな環境でもサバイバルできる最強の方法なのです。

次回の記事ではそのストラテジーについて考えてみたいと思います。

論文を「はじめから」英語で書くコツとは?

前回の記事では、やっぱり英語の論文は最初から英語で書いた方が実は楽、ということを検証しました。

とはいえ、このブログを読んでくださっている多くの方が、日本語を母国語として生活し、英語よりは日本語で考える方が得意と感じていらっしゃることと思います。

今回の記事では、作業のコツ&便利なツールをはじめ、「英語で考え英語で書く」いわゆる英語脳を鍛える方法もご紹介します。

英語論文執筆

ツールを使いこなせば、きっとサクサク書けますよ♪

その1:アウトラインは日本語で書く

論文を書くときは、まずアウトラインを作りますよね。アウトライン、つまり全体の流れを考える作業は、母国語の日本語でやってしまいましょう。筋書きが固まったところで、各フレーズを英語に訳していき、そこから先の作文を英語で行えばよいのです。

どんな仕事も、初めのステップが重いと先に進まないもの。もちろん、アウトラインも英語で考えられるならそれに越したことはありませんが、ファーストステップを日本語→英訳のように小分けにするのも一つの手です。

 

その2:まずは短い英文で書き始める

大筋が固まったら、英語で書いていきますが、

できるだけ短い英文で

書きましょう。

短い文で書くメリットはいろいろあります。

論理が整理されますし、誤解される可能性も少なくなります。なにより、文法的にミスのない文を書くことができます。また、長い文を後から短く分割するよりは、短い文を後からつなげたり、順序を変えたりする方が格段に楽です。

短い英文がたくさん書けたら、それらをどうつなぐかを考えます。接続詞を使うのか、数字を混ぜて箇条書きにするのか、はたまた関係代名詞や分詞構文を使って階層的に組み立てるのか・・・方法は何通りもでてきます。

ネイティブの研究者の論文を見ると、巧みな分詞構文や日本語話者には思い浮かばないような気のきいた表現が使われていますが、それは後からブラッシュアップすればよいので、まずは内容が正しく伝わるように書くことが先決です。

また、くれぐれも既発表論文のコピペはやめましょう。適切な引用を行わないコピペは、盗用・剽窃という大変な研究不正です。簡単でいいので、自分で言葉を選びながら書きましょう。どうしても英文が思い浮かばないときは、オンラインの自動翻訳ツールDeepLや、学術論文に特化した翻訳会社が提供しているオンライン翻訳ツールなどを使うのも個人的におすすめです。

 

その3:ブラッシュアップはツールや校正会社にまかせる

とりあえず英語で書いてみたけれど文法的に正しいか自信がない…そんな時は、まずは無料の文法チェックツールでチェックしてみましょう。Grammarlyが有名ですが、知り合いの研究者に教えてもらったAI搭載英文校正ツールTrinkaはアカデミックライティングに特化したツールでお勧めです。文法だけでなく表記の一致もチェックしてくれます。また、ただ修正するだけでなく、用法に関する説明やコメントも表示されるので、勉強にもなります。

もし、どちらの表現にしようか迷ってしまった時、例えば「この場合の前置詞はin?それともon?」などという時は、任意の文字列(n-gram)の使用頻度をチャート形式で表示してくれる検索エンジンGoogle Books Ngram Viewerを使うと、それぞれの使用頻度がグラフで示されますので、どちらを使えばいいかが一目瞭然です。

また、その表現が文中でどのように使われているかを知りたいときは、英語ネイティブによって書かれた信頼できるソースから例文を表示してくれるLudwigが便利です。PLOS ONE、The New York TimesBBCといった学術誌や著名メディアに掲載された文章のみをソースとして例文と出典が表示されます。

さらに格調高い英語に仕上げたいときは、やはりネイティブの力を借りましょう。「必要かつ十分な語数になるまで単語をそぎ落とす」「関係代名詞や分詞構文を適度に使いつつ、ここぞというハイライトでは効果的に接続詞を持ってくる」「専門用語は統一しつつ、一般的な語彙については繰り返しを避け、表現を豊かにする」などの技は、アカデミックライティングに精通したプロでなければ難しいでしょう。

英語ネイティブと同じ土俵に立ってアクセプトを競うのです。論文よりもむしろカバーレターやリバイズのやり取りに、文章力(場合によっては交渉力?)の圧倒的な差が表れてくるのかもしれません。ぜひ英語ネイティブの共同研究者や英文校正会社にお願いしてみましょう。校正者のレベルが玉石混合でどこの校正会社に出せばいいかわからないと感じる方もいるかもしれませんが、最近では、指名が多い人気の校正者を事前に指定できる英文校正サービスなどもあるようです。

その4:日ごろから(心の中で)独り言を英語で言ってみる

英語圏で活躍していらっしゃる研究者のツイッターを拝見していると、日常的に英語で物事を考えることが習慣化している、というお話を目にします。いわゆる「英語脳」を持っていらっしゃる方ですね。うらやましい限りです。私もアメリカでポスドクをしていた頃は、確かにそのような感覚で過ごしていたこともあったように思います。今はどうかと言うと、断然、日本語モードです(笑)。

ただ、今でも英語モードに敢えて切り替えてみることがあります。それは、頭に浮かんだアイディアを言語化するとき。

たとえば、このブログのストーリーを考えているときです。アイディアが明確であれば、日英両言語で上手く説明できますが、曖昧でモヤッとした考えだと日本語でしか表現できない。日本語ネイティブな自分は、第2言語である英語を通じてだと、曖昧なことを言い表せないのだと思います。逆に、英語モードで考えられるなら、そのアイディアは第2言語で説明できるくらい明確になっている証拠なのです。

普段から、ふと思い浮かんだことを、英語にしてみる。英語YouTuberのATSUさんがスピーキング上達法としてお勧めしているメソッド(この動画の6:45あたり)でもあるのですが、

英語で独り言を言う

という方法は、いつでもどこでもできる、英語脳育成トレーニングとして有効です。

この方法を隙間時間に実践すると、論文執筆だけでなく、英語で口頭発表したり、ディスカッションしたり、といったときにもとても役に立ちますね。

論文 - 最初から英語で書くか、日本語を英訳するか、それが問題だ

「英語で論文を書くときは最初から英語で書くように!」と指導された経験、ありませんか?

最初から英語で書く理由に「日本語を英訳すると文章の構成が変わってしまうから」という話をよく耳にします。本当にそうでしょうか?実際の論文を読みながら検証してみました。

論文を読む学生

論文、英語から書く?それとも日本語を訳す?

前回の記事で引用させていただいたハウザー博士が、興味深いタイトルの論文How many neurons are sufficient for perception of cortical activity?(皮質活動の認知に必要な神経細胞の数はいくつか?)を発表していました。こちらの論文を例に和訳を行い、英語原文と和訳との間に構造的な違いが発生するかどうか検証してみます。

まずはアブストラクトを見てみましょう。

アブストラクトの英和比較

  1. Many theories of brain function propose that perception and behavior are based on the activity of sparse subpopulations of neurons.
  2. In the present study, we used the all-optical method to induce behavior in order to investigate the lower limit of neural activity minimally required for perception.
  3. Small aggregates of pyramidal cells in layer 2/3 of mouse barrel cortex were stimulated by two-photon optogenetics while local network activity was recorded by two-photon calcium imaging.
  4. When the number of stimulated neurons was determined strictly by dose-response, the number of pyramidal cells minimally required for the perception of cortical activity was about 14.
  5. There was a steep S-shaped correlation between the number of activated neurons and behavior, reaching saturation at about 37 neurons, and this correlation changed with learning.
  6. Furthermore, the activation of neuronal aggregates was balanced by the inhibition of neighboring neurons.
  7. The surprising fact that perceptual sensitivity was preserved despite strong network suppression supports the "sparse coding hypothesis.
  8. The results suggest that a balance can be maintained in cortical perception, minimizing the impact of noise while still effectively detecting relevant signals.

Dalgleish et al. (2020) eLife 9, e58889.

このアブストラクトは8文からなっています。それぞれを和訳すると次のようになります。

  1. 脳機能に関する多くの学説は、認知や行動は神経細胞のまばらな小集団ごとの活動が基となっている、と提唱している。
  2. 本研究では、all-optical法を用いて行動を誘起させ、知覚に最小限必要な神経活動の下限を調べた。
  3. (具体的には)マウスバレル皮質2/3層における錐体細胞の小集合体を二光子オプトジェネティクスにより刺激しながら、2光子カルシウムイメージングにより局所的な神経ネットワーク活動を記録した。
  4. 刺激された神経細胞の数を滴定法により厳密に求めたところ、皮質活動の知覚に最小限必要な錐体細胞の数は約14個であった。
  5. 活性化した神経細胞の数と行動の間には急勾配のS字型相関が認められ、約37個で飽和状態に達し、また学習によりこの相関が変化した。
  6. さらに、神経細胞の集合体の活性化と近傍の神経細胞の抑制との間には一定のバランスが保たれていた。
  7. ネットワークを強力に抑制したにもかかわらず知覚感受性が保たれていたという驚くべき事実は、「スパースコーディング仮説」を支持するものである。
  8. 皮質の知覚において、ノイズによるインパクトを最小限に抑えながらも関連するシグナルは効果的に検出するというバランスが保たれることが示唆された。

日本語に直しても、ほとんど違和感がありませんね。

よく、「日本語は論理的な文章を書くのに向いていない」ということを言う方がいますが、

個人的にはそのようなことは無いと思っています。

アメリカに住んでいたときに、地元の人のスピーチを聞く機会がありましたが、論理的でない話し方をする人、冗長な文章を書く人、ネイティブスピーカーの中にもいらっしゃいました(よく考えてみれば、英語でかかれている小説や詩は文学的であっても論理的ではないですよね)。

英語にせよ日本語にせよ、文章の書き方には何通りかのやり方があり、そのなかには、論理的なものもあれば、文学的なものもあれば、簡潔なものもあれば、冗長なものもある、ということだと思います。

 

では、より複雑な構造の英文を日本語に訳すとどうなるでしょうか?

同じ論文のイントロダクションの第4段落を例にとってみます。

 

イントロダクションの英和比較

  1. Combining simultaneous targeted stimulation with readout of effects on the local network during behaviour will allow us to define the local network input-output function.
  2. This will yield better understanding of neural network operation, analogously to how measuring single-neuron input-output functions has transformed our understanding of information processing in single neurons.
  3. Moreover, it will allow us to determine how this network input-output function in turn influences the psychometric sensitivity to neural activity, which theoretical work predicts is crucial for understanding the link between neural circuit activity and behaviour.
  4. While some studies combining readout with manipulation have made significant progress in this direction, they have lacked spatial resolution and targeting flexibility either on the level of readout or stimulation.
  5. Measuring network input-output functions at cellular resolution during perception is likely to yield pivotal insights into how neural populations generate behaviour.

Dalgleish et al. (2020) eLife 9, e58889.

この段落は5つの文からなっていて、けっして長くはないのですが、論旨がやや込み入っています。まずは普通に訳してみます。

訳文1:そのまま訳す

  1. 行動の最中に局所的な神経ネットワークを刺激すると同時にその影響を読み出すという手法を使えば、局所的な神経ネットワークにおける入力-出力の機能が明らかにできる。
  2. またこの手法により、単一神経細胞において入力-出力機能の測定により情報処理の仕組みが明らかされてきたように、ネットワークレベルでの情報処理過程についても、さらに解明が進むだろう。
  3. さらにこの手法により、神経ネットワークにおける入力―出力機能が、神経活動に対する心理学的な感受性にどのように影響するかも明らかになるだろう。これを明らかにすることが、神経回路の活性と行動の関係を理解するためには重要であると理論的な研究から予測されている。
  4. 神経細胞を操作しながら読み出す手法を用いた研究は、既に目覚ましい成果を収めているものの、刺激および読み出しの両方において、空間分解能が十分でなかったり、標的をフレキシブルに変えることができなかったりという課題が残されている。
  5. 細胞レベルで認知にともなう神経ネットワークの入力-出力機能を測定すれば、神経細胞集団がどのように行動を形成するのかに関する重要な手がかりが得られる可能性が高い。

ひととおりの内容は理解できますが、わかりにくい日本語になってしまいます。特に初めの3つの文の流れがしっくりきませんね。原文では第1文の赤字部分を、第2文ではthis、第3文ではitで受けていて、さらに第3文にはwhichで導かれる節が挿入されています。各パーツを代名詞関係代名詞がつないで、文章をいわば立体的に構成しているのですが、日本語にそのまま訳すと何とも不格好になってしまいます。

そこで、はじめの3文の和訳を組み立てなおしてみましょう。

まずは、文の順序を変える方法です。

訳文2(〈〉は英語原文中の文の順序を指す):論旨展開を工夫する

これまでの理論的研究からも指摘されているとおり、神経回路の活動と行動との関係を理解するためには、まず、神経ネットワークにおける入力-出力機能が、神経活動に対する心理学的な感受性に及ぼす影響を明らかにしなければならない〈第3文〉。このためには、行動の最中に神経ネットワークに局所的に刺激を与えると同時にその影響を読み出す必要がある〈第1文〉。これまで、単一神経細胞においては入力-出力機能の測定により、情報処理の仕組みが解明されてきたが、同様のアプローチを神経ネットワークに適用すれば、神経ネットワークにおける情報処理過程を明らかにできると思われる〈第2文〉。

滑らかな日本語になるよう少し手を加えましたが、ほぼ中身はそのままにして、1→2→3を3→1→2の順に変えてみました。

手法を出発点とするのではなく、目標を出発点として、手法を紹介するという逆の発想です。

原文も訳文も内容には変わりがないにもかかわらず、「英語で読んでいても違和感がないのに、日本語にそのまま訳すと分かりにくい。でも順序を変えると読みやすくなる」ということが起きています。

もう一つの方法は、

論理の順序は変えずに、英語特有の指示語や関係代名詞に代わる「つなぎ」を工夫して訳す方法です。

原文では手法を出発点として、その手法によりもたらされうる成果を2つ紹介しています。数字を使って箇条書きにしたり()をつかって補足したりという技を使えば、原文通りの流れを日本語でも再現できます。

訳文3:箇条書きや括弧を活用する

行動の最中に神経ネットワークを局所的に刺激すると同時にその影響を読み出すという手法を使えば、(1)神経ネットワーク内における入力-出力の機能および情報処理過程(実際、単一神経細胞においては入力-出力機能の測定により情報処理の仕組みが解明されてきた)および(2)神経ネットワークにおける入力―出力機能が、神経活動に対する心理学的な感受性に与える影響(これを明らかにすることが、神経回路の活性と行動の関係を理解するためには重要であると理論的な研究から予測されている)が明らかになると期待される。

 

いかがでしたか?

以上の作業からわかることは、

  • 同じ内容でも文章の書き方には日本語であれ英語であれ、何通りかの選択肢がある。
  • 英語で違和感がない文章をそのまま訳すと日本語として不自然になる場合があるように、日本語で違和感がない文章をそのまま訳すと英語として不自然な表現になる場合がある。
  • 英語で論文を書く場合、日本語を書いてから英訳をすると、文を組み立てなおす作業が発生する可能性があるので、最初から英語で書く方が手間が省ける。
  • ただし、論文の「アブストラクト」や「方法」などシンプルな構造の文章の場合は、日本語の逐語訳でも違和感なく訳せることが多い。

やはり

「初めから英語で書く」のがよさそうですね。

 

ちなみに、日本語で書いて後から英訳した論文を英文校正サービスなどにかけて論旨や構造ごとチェックしてもらうのも一案だとは思いますが、その場合も最初から自分で英語で書いた方が、例えば英文校正者が英語ネイティブで日本語を理解してくれない場合などは安心かな、と思います。

 

次回の記事では、最初から英語で書くコツについてご紹介します☆