論文のイントロダクションの書き方【1】よいイントロのインプットを蓄える
研究者にとって論文執筆は最も大事な仕事の1つですが、論文を書くときに一番頭を悩ませるのはどの部分ですか?
おそらく、イントロダクション(序論)でしょう。イントロダクションは、読者を想定しながら研究の背景を伝え、仮説やリサーチクエスチョンを提示し、解決方法を明示する重要な部分です。ディスカッションとの整合性も見据えながら、過去の知見を丁寧に引用することも求められます。
論文の書き方に関する本や記事は数多くありますが、今回は「イントロダクションを書き始める前の準備」について考えます。
イントロダクションを斜め読みしていませんか?
「書く」という作業は言うまでもなくアウトプットです。良いアウトプットを出すためには、良いインプットを蓄えなくてはなりません。既に皆様は多くの論文を読まれてきていることと思います。特に同じ分野の論文やライバルの論文には隈なく目を通していらっしゃることでしょう。
でも、限られた時間の中で論文を読むとなると、初めから終わりまで丁寧にというわけにはいきませんよね。まずはアブストラクト、次に結果、最後にディスカッションに目を通すのが一般的でしょう。自分の論文を引用してくれたかどうか気になって、先にリファレンスをチェックするかもしれません。
あれ、イントロダクションは?
そうなんです。書く時には、あれほど苦労するイントロを、読むときには斜め読みしてしまうのです。
なぜでしょう?皆さんはその分野のプロですから、もうイントロなんて読まなくても大体のことが頭にはいっているからです。
もちろんイントロを熱心に読む場合もあります。それはおそらく自分が論文を執筆するときでしょう。引用文献をもう一度じっくり読み返し、またこれらを参考にしながら、自身のイントロのアイディアを練るのです。となると、丁寧にイントロを読むのは自分の同業者の論文に限られてきますね。
良いイントロは門外漢にもすんなりわかる
これはいささかもったいないことだと思います。もともと私の専門は細胞生理学で、研究者時代はごく限られた分野の論文しか読まなかったのですが、ライターとして研究者の方にインタビューをさせていただくようになってからは、下調べのために様々な分野の論文に目を通しました。そして、分野が少々違っても、
良いイントロはスムースに読めてしまう
ことに気がつきました。もちろん知らない単語は出てくるのですが、論理の構成が見事な論文は、細かい内容が分からなくても頭にすんなり入るのです。
なので、あえて
良いイントロを探すためだけに、専門外の論文も読んでみる
ことを提案したいのです。
「自分の分野をフォローするだけでもやっとなのに、その他の分野の論文を読むなんて無理…」と思われるかもしれません。でも、どうぞ難しく考えないでください。細かい内容まで理解する必要はありませんし、あくまで、良く書かれたイントロダクションの例を探すための作業です。面白くない or ややこしい論文はさっさとスルーで構いません。
目を通すべきジャーナルとは?
では、どのような論文を読めばよいのでしょう?あまりにも分野が違いすぎると理解に時間がかかってしまうので、おススメは「少しだけ分野が異なるジャーナル」、具体的には
「自分が共同研究をするとしたら、この辺り」くらいの領域
をターゲットにしましょう。
その分野に興味がありつつも、あまり詳しくないあなたは、初心者の立場から、新鮮な気持ちでイントロを読むことになります。そして、「この説明、わかりにくいな」とか、「この切り口は面白いな」など、多くの気づきを得ることができるでしょう。
もう一つのおススメは
対象分野の幅が広いジャーナル
です。いわゆるCNS(Cell、Nature、Science)やPNASですね。既にチェックなさっている方も多いと思いますが、幅広い読者を対象としているので、イントロに限れば、非常に読みやすいのです。
また、語数制限が厳しいNatureやScienceはイントロ部分のパラグラフが1個程度ですが、より長いCellやPNASは数段落で構成されているので、両者を比較して読めば、文章の長さに応じたイントロの構成の違いも学ぶことができます。
個人的に気に入っているのはCellです。私自身が生物出身ということもありますが、論文の概要を表すGraphical Abstractが載っているので、この図を見てから読むと門外漢でもスムースに頭に入りますし、図の作り方の勉強にもなります。
ノーベル生理学医学賞受賞者のサー・リチャード・J・ロバーツがノーベル賞をとるための10か条で"Study biology"と提案しているように、生物学は未知のトピックの宝庫です。物理や化学、あるいは数学を専門としている人にとっても、Cellに目を通すことで新しいテーマや共同研究者を探すヒントが得られるかもしれません。
「イントロ集」を作るための3ステップ
これは!と思う論文を見つけたら、ストックしていきましょう。文献管理ツールで論文を整理していらっしゃる方も多いと思いますが、ぜひ、プリントアウトしていただき、次の3つを試してみてください。
Step1:仮説やリサーチクエスチョンをペンで囲む
イントロダクションは大まかに(1)背景(2)問題提起(仮説・リサーチクエスチョン)(3)解決方法のパートからなっています。真ん中に来る(2)のパートを囲むことで、
イントロの構成が一目で分かる
ようになります。イントロの構成に関しては、研究者の方が書いていらっしゃる次のサイトが大いに参考になります。
Step2:背景のキーワードをチェック
よく言われることですが、イントロの出だし、つまり背景の部分は
初めは広く、読み進むにつれ狭く
書かれています。イントロの最初の数行が分かりやすく書かれていると内容がすうっと頭に入りますよね。そして最初は肉眼で見ていたものを、虫眼鏡→光学顕微鏡→電子顕微鏡の順にズームしていくような感覚で話題がフォーカスされ、問題提起にたどり着くのが理想です。
一般的な論文では、イントロの段落ごとにキーワードがあるはずです。NatureやScienceなど、イントロが1段落しかない場合は、1つのパラグラフに複数のキーワードが出てくることになります。話が進むにつれて
キーワードもフォーカスされていく
ことを確認してみましょう。
Step3:心に刺さる表現にハイライト
イントロ集を作る最大の目的は、良い表現を集めてインプットすることです。
これは使える!というフレーズをハイライト
しましょう。
論文に出てくる便利な例文は多くの本や記事で紹介されていますから、わざわざ自分で集めなくても、と思うかもしれません。でも、例文集を手元に置くだけでは、なかなかインプットされません。「エピソード記憶」という言葉をご存知の方も多いかと思いますが、
ワクワクしながら出会った表現こそ、容易にインプットされる
そうですから、自分が興味を持てる論文から良い表現を探すのは効果的です。
やることは、以上です。あとは、ハイライトされた論文を「イントロ集」とラベルしたファイルにストックしておけば、あなただけのイントロ集の出来上がりです。こうしておけば、きっと論文の執筆中にも自然に適切な表現が思い浮かぶはずです。あくまで私がやっている方法ですが、ご参考になれば幸いです。
論文執筆に役立つ書籍のご紹介
最後に、論文執筆に便利な表現を集めた本もご紹介しますね。
理科系のための 英語論文表現文例集 | 藤野 輝雄 |本 | 通販 | Amazon
科学論文の英語用法百科〈第1編〉よく誤用される単語と表現 | グレン パケット, Paquette, Glenn |本 | 通販 | Amazon
次回はわかりやすいイントロダクションの具体例を見ていきたいと思います。