執筆のヒントを盗め!専門外の論文を読む時短テク
論文のイントロダクションには様々な「魅せる」テクニックが散りばめられています。
とりわけ、オープンアクセスで公開されている論文は、幅広い読者を想定して書かれているうえに、高い掲載料を払うだけの余裕がある=それだけ成果を上げている=グラント申請経験も豊富な研究者が書いている、可能性が高いので、とても良いお手本なのです。
「ねえ、ちょっと研究費の申請書みせてくれない?」なんて、よっぽど親しい中でなければ無理ですが、論文のイントロならだれでもアクセスできるのですから、ここから執筆のヒントを盗まない手はありません。
そんなわけで、たまには専門分野外の論文を読んでみると、いろいろな発見があるはずです。とはいえ、よく知らない分野の論文を読む時間なんて、ありませんよね・・・
そこで今回は、私が研究者インタビューの事前準備で実践している専門外の論文を読み込む方法をご紹介し、イントロに散りばめられたテクニックを見つけ、掘り下げてみたいと思います。
- まずはアブストラクト・グラフィカルアブストラクトからキーワードを探し出す
- キーワードの訳語を調べる
- 専門用語の日本語解説を探す
- アブストラクト/グラフィカルアブストラクトを理解する
- イントロダクションを読む
インタビューさせていただいた研究者の方が二光子顕微鏡を使って脳の研究をされていたのがきっかけで、最近、Robinson et al. (2020)のこちらの論文Targeted activation of hippocampal place cells drives memory-guided spatial behavior(海馬場所細胞を局所的に活性化して記憶により誘導された空間行動を操作する)を読みました。2014年ノーベル生理学・医学賞の受賞対象にもなった場所細胞に関する最新の知見で、今話題のオプトジェネティクスを使った研究です。
わたしのバックグラウンドは、学部生の時生理学の授業はとったので最低限の知識はある、というレベルで、およそ神経科学分野の論文紹介ができるほどの知識も経験も持ち合わせていません。そんな自分がどのようにしてこの論文を読んだか、その方法をご紹介します。
まずはアブストラクト・グラフィカルアブストラクトからキーワードを探し出す
テキストを読む前にグラフィカルアブストラクトを見てみましょう。
すべてのジャーナルにグラフィカルアブストラクトがあるわけではないのですが、ありがたいことにCell誌にはあります。本論文のグラフィカルアブストラクトやそのHighlightsには、hippocampal place cell(海馬場所細胞)、two-photon optogenetics(二光子オプトジェネティクス)などのキーワードが出てきます。
また、テキストのアブストラクト(Summary)には、spatial navigation(空間ナビゲーション)やepisodic memory(エピソード記憶)というキーワードも出てきますね。
キーワードの訳語を調べる
次に、ピックアップしたキーワードの訳語を調べます。
明らかに特殊な単語(例えばpyramidal neurons 錐体ニューロン)なら、調べてみようと思うわけですが、気をつけなくてはいけないのは、知っている単語の組み合わせからなる特殊な用語です。例えば、place cellは「場所の細胞」ではなく、「場所細胞」という特定の概念を表す専門用語です。
他にも、この論文の本文にはimmediate early gene(最初期遺伝子)、 place field(場所受容野)、 contextual fear conditioning(文脈的恐怖条件づけ)などが出てきます。
いずれも個々の単語は中学生レベルですが、専門用語なので注意が必要です。「英辞郎」には出てこない用語もあるので、生物分野でしたら「ライフサイエンス辞書」のようなツールを使うことをお勧めします。
専門用語の日本語解説を探す
日本語で予備知識を頭に入れてから論文を読む方が、断然、早く理解できます。キーワードが出揃ったら検索して日本語の解説を探しましょう。
一般向けのアウトリーチコンテンツでかまいません。例えば、本論文でしたら、理化学研究所のサイトに掲載されている場所細胞や空間認識に関する解説が分かりやすいです。
また、ちょっとした裏技になりますが、引用文献から日本人著者の名前を探し出し、その方が所属する研究機関が出しているプレスリリースもお勧めです。例えば、本論文でしたらTanaka et al. 2018のプレスリリースに、日本語の解説が詳しく載っています。
アブストラクト/グラフィカルアブストラクトを理解する
背景知識を一通り頭に入れたところで、まずはざっくり、グラフィカルアブストラクトを理解しましょう。
右上にマウスが走っている図がありますね。全長2メートルのトラックには、いろいろな景色が描かれています。このトラック上のreward zoneまできたら、「3秒間停止してから3回以上チューブを舐める」という芸をするようにマウスを訓練します。きちんとできたら報酬としてチューブから砂糖水を与えます。ちなみに、マウスは実際のトラックを走るのではなく、映し出されたVR空間の中で車輪の上を走ります(こんな感じです)。
このマウスには細工がしてあります。海馬のCA1と呼ばれる領域の神経細胞に、遺伝子操作したウイルスを注入することにより、光受容イオンチャネルであるオプシン(C1V1)とカルシウムセンサー蛍光性たんぱく質(GCaMP6f)を発現させてあるのです。
中央のマウスの頭上にレンズをあてている図をみてみましょう。マウスの頭蓋骨に穴を開け、海馬に1030nmの光を当てると(赤い矢印)、オプシンの作用により神経細胞を局所的に活性化させることができます(stimulation)。刺激により活性化した神経細胞ではカルシウムイオン濃度が高くなり、カルシウムセンサーが930nmの蛍光を発します(緑色の矢印、readout)。2種類の波長を使い分け、神経細胞を刺激すると同時に発火した細胞を同定するという画期的な技術、これが二光子オプトジェネティクスの原理なのです。
認知地図仮説の概念も簡単に押さえておきましょう。仮にトラックが8分割されているとします。ピアノの鍵盤の1オクターブ分「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」をイメージしてみてもいいかもしれません。訓練されたマウスは「ソ・ラ・シ」のあたりでご褒美の砂糖水がもらえるはず、と記憶しています。そのようなマウスの海馬にはドレミファソラシドを反映した場所細胞のパターンが形成されていて、ドでは紫で示した細胞が、レでは青で示した細胞が、ミでは緑で示した細胞が・・・というように順に発火します(中段左側の図では紫・青・緑・黄・橙・・・・の8色の山で示されています)。
ここで、まだご褒美がもらえない「ミ・ファ・ソ」を走っているときにreward zoneである「ソ・ラ・シ」の場所細胞を刺激すると、何が起こるか?というのが本論文のハイライトです。
下の段左側の図に示されているように、なんと、マウスは「ミ・ファ・ソ」の地点でも報酬を求めて3回以上チューブを舐めてしまったのです。刺激を与えないときはreward zoneだけにピークがあるのに、刺激を与えるとstimulation pointにもピークがみられました。
行動の変化の裏で、細胞レベルでは何が起こったのでしょうか。下の段右側のinhibitionとremappingの図を見てましょう。「ミ・ファ・ソ」を通過するタイミングで「ソ・ラ・シ」を担当している場所細胞を刺激することにより、「ミ」を担当してる場所細胞の発火が抑制され、新たな場所細胞の発火パターンが形成されることが示唆されました(具体的な実験の詳細は論文のFig. 4とFig. 5をご覧ください)。
イントロダクションを読む
さて、グラフィカルアブストラクトから論文の大筋を理解したところで、いよいよイントロダクションに目をとおします。
- キーワード
- 背景・リサーチクエスチョン・解決方法
を意識して、マーキングしながら読む方法をお伝えしました。
今回はさらに一歩踏み込み、過去の知見・仮説・未解決課題を色分けしていき、また論旨展開のカギとなる定型表現にも気をつけながら、論文や研究費申請書の「研究の目的」を執筆する際に役立つヒントを探ってみたいと思います。
イントロを読み進めると、アブストラクト以上に知らない用語がたくさん出てきます。それらを逐一調べたくなりますが、その前に、まずは
イントロの構造を理解
しましょう。自分の専門分野であれば、引用文献にも目を通し、引用の仕方が適切かどうかも検証しながら批判的に読む必要がありますが、今は論旨展開や魅力的な表現を仕入れ、自分の視野を広げることが目的です。時間をかけず、深入りしすぎず、読み進めます。
本論文のイントロダクションは3段落からなっています。
第1段落
The hippocampus is known to support both spatial navigation and episodic memory formation. Many hippocampal pyramidal neurons exhibit location-specific firing and are referred to as place cells. As a population, place cells are thought to form the basis of a cognitive map, enabling memory-based navigation through mental and physical space. Place cell populations form largely unique maps to represent a given environment and remap, altering their firing properties in response to changes in that environment. (中略) Populations of hippocampal neurons also exhibit sequences of firing fields that tile the continuous dimensions of experiences involving modalities other than space, and one prevailing view is that the generation of these sequences supports the formation of detailed episodic memories. The substantial body of place cell research is predominantly correlational; however, recent work has moved toward providing a direct link to their proposed function.
Robinson et al. (2020) Cell 183: 1588-99
キーワードは下線、過去の知見は黒字、仮説を赤字、未解決課題(=リサーチクエスチョンの伏線)を青字で記しました。
第1段落のキーワードは place cells 場所細胞です。場所細胞に関する過去の知見に触れた後、one prevailing view is that~で現在の仮説、すなわち「エピソード記憶の記憶固定と想起には場所細胞の発火パターンが関与していると考えられている」が示されます。途中、多くの論文が丁寧に引用されていますが、これらを一言でまとめるなら、この仮説に集約されますので、この仮説を頭に入れておきましょう。
続いて、The substantial body of place cells~の1文で「これまでの知見はあくまで相関関係を示唆するにとどまるものが多く、因果関係を直接的に示す研究が必要だ」と結ばれています。この文ではhoweverがとても効果的に使われていますね。2つの文に分けて「~. However, ~」としてもいいような気がしますが、著者はあえて2文をワンセットにすることにより、correlational (相関関係)とdirect link(直接的な関係=因果関係)を鮮やかに対比させています。リサーチクエスチョンはまだ登場しませんが、新しいアプローチの研究が必要だという記述が、リサーチクエスチョンの伏線となっています。
第2段落
A group of elegant studies used immediate early gene-driven expression of an opsin to gain control over the activity of neurons that are highly active around a specific experience. They demonstrated that firing of hippocampal neurons that were active during contextual fear conditioning is both required and sufficient to later retrieve the associated behavior. However, these studies were not selective for neurons with specific coding properties and have been reported to predominantly involve neurons with wider context-specific coding rather than the spatial tuning that characterizes place cells. Previous work has shown that medial forebrain bundle (MFB) stimulation during sleep, triggered on place cell firing, increases the probability of the animal visiting the associated place field area during subsequent wakefulness. However, MFB stimulation is likely to reward the firing of not only place cells but also neurons in distributed brain systems that display correlated activity. A causal role for place cell activity during memory-guided spatial navigation remains to be demonstrated.
Robinson et al. (2020) Cell 183: 1588-99
第2段落では、オプトジェネティックスを用いた光刺激により、人工的に記憶を作りだすことに成功した最近の研究が紹介されています。
一つは(A group of elegant studiesi以下)、文脈的恐怖条件付けの際に活性化した海馬の神経細胞を発火させるだけで、マウスの恐怖反応(すくみ)が起こることをMITの利根川進博士らの研究。もう一つは(Previous work以下)睡眠中のマウスの内側前脳束(medial forebrain bundle)を刺激すると、目覚めた後に発火した場所細胞に相当する場所に行くことができることを示したソルボンヌ大学のBenchenane博士らの研究です。
いずれも場所細胞の発火が記憶の想起に関与しているものの(however)、それ以外の神経細胞の発火も認められたため、位置細胞が認知地図形成に直接関与していることの証左にはなっていない、言い換えれば、記憶に基づいて空間を移動する際に場所細胞が果たす役割については明らかされていないと述べられています。~remains to be demonstratedはリサーチクエスチョンを提示するときによく使われる表現ですね。
もっと多くの研究があるのでしょうけれど、認知地図仮説の証拠になりそうでならない研究2例をテコにして、リサーチクエスチョンが明示されています。場所細胞の研究はホットな分野で、膨大な量の論文が発表されています。これらを網羅的に紹介すると総説のようになってしまいます。
そこで、第一段落ではオプトジェネティクス以前の論文を丁寧に言及し、第二段落では焦点を絞り「既にある認知地図仮説を直接的に示すためには、場所細胞だけが関与するような現象に着眼してシンプルな実験系を確立することが肝心で、我々はそれに成功したのだ」という視点で、話が進められています。参考文献の引用の仕方を段落ごとに変えているのも見事な手法だと感じます。
それにしても、a group of elegant studiesとは美しい表現です。「エレガントな研究」。これは最上級の誉め言葉ではないでしょうか。同業者に対する敬意が感じられます。一方で、previous workにaが付かないのはなぜか?気になる方もいるかもしれません。実際、ライフサイエンスコーパスでprevious workで調べてみると、無冠詞・単数のprevious workがたくさん出てきます。エナゴアカデミーの「論文英語なんでも相談室」に質問してみたところ、丁寧に解説していただきました。興味のある方は2021年1月28日付の「previous work にaがつかないのはなぜ?」を見てみてください。
第3段落
Here, we utilize an “all-optical” combination of simultaneous two-photon calcium imaging and two-photon targeted optogenetics in head-fixed mice performing a virtual reality spatial navigation task. This enabled us to record and stimulate populations of place cells with specific place field firing locations and assess their causal contribution to spatial behavior.
Robinson et al. (2020) Cell 183: 1588-99
解決方法と成果が記載されている段落です。Here we show~という表現をよく見かけますが、ここではHere, we utilize~となっています。明らかにしたことは、以前から示唆されていたことですが、その仮説を直接的に示した、手法の独創性に主眼が置かれています。なのでshow+仮説ではなくutilize+手法という表現が使われているのですね。この表現は画期的なアプローチを使った他の研究にも使えそうです。
第3段落で引用されている論文をみると、二光子オプトジェネティクスやVRを用いた空間ナビゲーションの技術を使った研究は、本論文のUCL(ユニバ―シティ・カレッジ・ロンドン)のマイケル・ハウザー博士のラボだけでなく、プリンストン大学のデイビッド・W・タンク博士をはじめ、様々なラボで行われているようです。
ちなみにハウザー博士のラボのホームページはこちらです。今まで見た中で、最も美しいラボのHPでした。メニューバーのToolsをプルダウンしてAll optical interrogationをクリックすると二光子オプトジェネティクスの解説も見られます。是非いちどご覧になってみてはいかがでしょうか。
ブログ記事に関する質問は私のTwitterアカウント
柊 弘子 (@sciencehiroko) | Twitter
でも受け付けています。お気軽にDMしてくださいね。