ヒロコのサイエンスつれづれ日記

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論文のイントロダクションの書き方【3】良いイントロはココが違う!

論文のイントロダクションを書くためには、まずは良いお手本を見つけ、文章の組み立て方やカギとなる表現をインプットすることが必要です。前回の記事では、2020年Cellに掲載されたIsermanらの論文"Condensation of Ded1p promotes a translational switch from housekeeping to stress protein production(Ded1pの凝集によりハウスキーピングタンパクからストレスタンパク産生へのスイッチングが促進される)”のイントロを例に、キーワード、問題提起、心に刺さる表現をマーキングしました。それぞれにどのような特徴があるのかを、今回のポストで検証します。

 

 

イントロは「フォーカス」が決め手!

ポイント1:キーワードがフォーカスされていく

段落ごとのキーワードを順に並べてみましょう。heat shock response→translation regulation→assembly of SGs→Ded1pのように変化していますが、話題がフォーカスされているのがよくわかります。これらのキーワードをつなげて1文にしてみると「熱ショック応答の一連の反応の中でも、翻訳レベルの制御が重要で、これにはストレス顆粒の凝集が制御に関与しており、中でもDed1pがカギを握っている」となるでしょうか。よく、イントロは「逆三角形をイメージして、入口は広く出口は狭く」と言われますが、見事な逆三角形が形成されているのがわかります。

 

ポイント2:問題提起もフォーカスされている

論文によっては、背景の最後の部分で問題提起がなされることもあり(というかそのようなケースの方が多いような気がしますが)、本論文では、

第2段落:

ハウスキーピング遺伝子の転写物と熱ショックにより誘導された転写物とを区別する仕組みがあると考えられているが、その実態はわかっていない

第3段落:

翻訳レベルの制御におけるphase separationは、ストレス顆粒のタンパク質のフォールディングミスにより起こるのか、それとも適応現象として濃縮が積極的に起こるのか、わかっていない

第4段落:

ストレス顆粒の一種であるDed1pの特性や機能は分かっていない

のように段落ごとに問題提起が登場します。キーワード同様、段落を追うごとに話題がフォーカスされ、リサーチクエスチョンもより狭まっていき、最後にピンポイントの問にたどり着きました。

実は第2段落と第3段落に問題提起が無くても話の筋は通るのですが、段落ごとに問題提起がなされると、階層ごとに論点が整理されるだけでなく、読んでいて、なんだかワクワクしますね。是非、このワザを取り入れてみたいものです。

 

ポイント3:結論の表現にはスパイスを効かせる

第4段落で示されたピンポイントのリサーチクエスチョンに返答するように、第5段落のトップに

Here we show that Ded1p acts as a stress sensor that directly responds to sudden changes in environmental conditions.

 

Iserman et al., 2020, Cell 181: 1-14

(Ded1pが環境変化に直接かつ素早く反応し、ストレスセンサーの役目を果たしていることが明らかになった)

と結論が示されています。

また、この文がいいですよね。淡々と書いてしまうと

Here we show that Ded1p is involved in the translation regulation of stress protein production.

な感じになってしまいますが、regulationという抽象的な表現ではなくDed1pを「センサー」と具体的なモノに例えて表現することにより、スイッチングの要としての機能を担っているという強いインパクトを与えます。また、directly やsudden changeという表現からは躍動感が感じられますし、「directlyって書いてあるけど、どんな実験からそのような結論が導かれたのだろう?」とか「sudden changeは、どのくらいの経時的変化なのかな?」という疑問が湧いてきて、「結果や図表も読んでみたい!」というモチベーションが高まります。

締めの文

We propose that heat-induced phase separation of Ded1p drives an evolutionarily conserved extended heat shock response program that selectively downregulates translation of housekeeping transcripts and arrests cell growth.

 

Iserman et al., 2020, Cell 181: 1-14

(ハウスキーピング遺伝子の転写産物の翻訳が選択的に抑制されて細胞の成長が止まるという、広く進化の過程で保存された熱ショック応答は、熱により誘導されるDed1pのphase separationが引き金となって起こることが示唆された。)

にもスパイスの効いた表現が散りばめられています。

例えば、evolutionally conserved extendedという形容詞(過去分詞)の二重使いは、若干やりすぎ感も否めませんが、「我々が示したDed1pの役割は酵母だけの話ではなく真核生物全般に共通している仕組みなんですよ」という熱意が伝わってきます。

また、drive a program(プログラムを起動させる)という表現もかっこいいですね。programを省いてheat shock responseとしても、内容的にも文法的にも間違いないのですが、program という名詞とdriveという動詞は実に相性がよく、『英辞郎』でdrive×programを検索してみると様々な用法が出てきます。Ded1pのphase separationが、あらかじめプログラムされている一連の反応の引き金となっている、というニュアンスが感じられます。

 

論文は論理的に書かれるものなので、大風呂敷を広げたり論理に飛躍があったりしてはいけないのですが、かといって淡々と書いてしまうと、つまらない文章になってしまいます。新規性と独創性は論文の価値を決める重要な要素ですから、それが分かるような「ワクワクさせる」文章の組み立て方や表現の使い方を身につけたいものです。

一つ一つの単語は決して難しいものではありませんが、ちょっとした工夫で文章が見違えるようになるのがお分かりいただけたでしょうか。日ごろから、こんな感じでイントロをマーキングして保存しておけば、いざ自分が執筆するときに使えますし、サイエンスに精通している英語ネイティブの専門家に原稿を見てもらえば、より豊かな表現を教えてくれるでしょう。知り合いにそのような人がいなければ、英文校正サービスを使うのも一つの手です。