ポストコロナを見据えたポスドク先の探し方(前編):情報収集編
前回の記事「行っていいラボ、いけないラボ:博士課程進学時に見極めるべき5つのポイント」でドクターコースのラボ選びは慎重に!というお話をしましたが、実際には良い条件がそろったラボなど、そうそうあるものではありません。あったとしても競争率が高くて入れなかったり、ボスはいい感じだけれどテーマが今一つしっくりこなかったり、いろいろあります。
なんだかんだ言って、ラボとの出会いは運やタイミングにも左右されるのです。なので、必死になって理想の「ベストな」ラボを探すのではなく、「ベターな」ラボをいくつか経験すればいいと思います。海外のラボも視野に入れれば、選択の幅も格段に増えます。
パンデミックにより多くの国でビザの発給が停止され、海外留学の中止・延長を余儀なくされてしまった方もいらっしゃるかと思います。実際、アメリカは2021年3月末までJビザの発行を停止していました。ですが、4月からはビザの発給が再開され、海外でポスドクに行くという選択肢を現実的に検討できる状況になりつつあります。
私自身も学位取得後にアメリカで2年間ポスドクをしたのですが、ポスドクで海外に行くことのメリット・デメリットを踏まえたうえで、受け入れ先ラボの見つけ方、フェローシップの活用法についてご紹介したいと思います。
ポスドクで海外へ行くことのメリットとは?
1.潤沢な研究予算
雇用はお金のあるところに生まれます。
バイデン政権は科学研究に費やす予算を現状GDPの0.7%から2%にまで引き上げるという目標を掲げました(参考記事)が、日本ではどうでしょうか。
日本の科学研究費はGDPでみると3%を上回っていますが、研究開発費の額で比較すると、アメリカやEUの半分に満たないのです(2019年科学技術指標)。日本の研究力の低下については、任期付きポストの運用方法や研究費の採択プロセスの問題が指摘されていますが、最も根本的な要因は
経済の低迷に起因した予算の少なさにある
と言われています。
日本人なら、やっぱり日本で暮らしたいと思うものです。美味しい食事、安全な町、親の介護や子供の教育のことなども考えればなおさらでしょう。でも、研究者としてのキャリア形成という視点から見て、本当に日本で研究を続けるメリットがあるのかどうか。予算を比較すれば、答えは自ずと見えてくるのではないでしょうか。
2.裏方の人的サポート体制が充実
研究予算の規模が大きければ、人件費も潤沢になり、それだけマンパワーの恩恵を受けることができます。
私が在籍していたアメリカのラボは20名ほどの比較的大きめのラボでしたが、ポスドクや大学院生だけでなく、テクニシャン数名に加えて、ラボマネージャーがいました。またデパートメントの秘書らがあらゆる煩雑な事務手続きをこなし、共有施設には動物実験管理者のような専属のスタッフがいて研究をサポートしていました。
日本でも大きな研究所ではこのようなシステムが導入されていますが、備品の管理や機械のメンテナンスを大学院生やポスドクが当番制で行う研究室も多いかと思います。ノーベル生理学医学賞を受賞した利根川博士のラボでポスドクをされた方も語っていらっしゃいますが、これらの細かいタスクを担ってくれる専任のスタッフがいる環境の方が、PIもポスドクも研究に集中することができ、若手研究者の成長にもつながります。
3.キャリアの選択肢が広い
研究の裏方要員が大勢いるということは、言い換えればキャリアの選択肢が広いということです。博士号取得後、ポスドクを経て民間企業にいくのは、ごくごく普通にあることですし、アカデミアに残るにしても、必ずしもPIを目指さずにポスドクやテクニシャンを続けている方(能力次第で、それなりのお給料をいただけます)や、PIを経てからNIHの行政職に移る方もいらっしゃいます。社会全体が流動的なので、40代、50代になってからも転職が容易で、それ相応のポストがあります。後述するように、ポスドクの公募情報を検索すると、様々なポストがあることが分かります。
4.問題解決力が養われる
日本で生活していると、宅急便は時間通りに届くし、物を買っても不良品に出会う確率は少ないし、天井から水が漏れてくることはほとんど無いし、電車やバスは予定通りに動いているし、スリに財布を盗まれることもないし、毎日がスムースに進んでいきます。
が、これは当たり前のことではありません。海外で生活するとなると、日本では考えられないような様々なハプニングが起こります。トラブルが起こるたびに解決しなくてはなりませんし、場合によっては自分の正当性を主張しなければなりません。
またトラブルのせいで、しばしば予定が狂うので、素早く別のタイムスケジュールを組むことになりますし、周りに助けを求める必要もでてきます。そして何より、これらの作業をすべて現地語で行わなくてはならないのです。なんというストレスでしょう!
実は、この「きちんとしていない文化で暮らす」ことこそ、常識から私たちを解放し、臨機応変に物事に対処する力を与えてくれます。不確実な世界で生き抜くためには、あらゆる知恵を総動員しなければなりませんが、それこそがまさに研究を進める上でも欠かせない問題解決能力です。
海外で働くデメリット
- 都市によっては家賃・物価が高い
- 配偶者を帯同する場合、ビザの条件により彼/彼女が仕事を続けられない可能性がある
- 子どもがいる場合、教育環境が変わったり、教育費がかかることがある
- 日本人コミュニティ特有のストレスがある
- 治安の悪さ・人種差別
のような問題が挙げられます。
海外でポスドクをするなら、単身者の方が楽かもしれません。もしご家族がいらっしゃるなら、ある程度の貯金がある方が安心でしょう。また、留学する研究者家族をサポートする助成金もあるので検討してみてはいかがでしょうか。
まずは行きたいラボの候補を3つ探す
ドクターの半ばを過ぎたら、情報収集を始めましょう。そして「次のラボで何を得たいのか」整理してみましょう。
スキルを身につけたいのか?
研究テーマを広げたいのか?
良いボスに巡り合いたいのか?
とにかく業績を稼ぎたいのか?
自分が必要としているものを今一度見つめなおして、候補先ラボを最低3つは探しましょう。私が有効だと思うラボの探し方を以下にご紹介します。
〈国際会議・学会に参加して探す〉
当該分野の論文を読めば、誰がどのような研究をしているかは分かりますが、ラボのPIやメンバーの様子は、実際に会ってみないとわかりません。学会発表は様々な研究者とコンタクトをとる絶好のチャンスです。今はオンラインでの開催が主流で、渡航の必要が無く、参加するハードルは以前より低くなりました。ただ、直接会うことができないのが難点です。オンライン学会で人脈を広げたいなら、それなりの作戦が必要です。
- 手元にデータが揃い、論文化の目途がたった時点で、まずは国際会議への参加を申し込みましょう。
- 参加者のリストに目を通し、ポスドク先として検討したいラボがあれば、学会の開催前にPIにコンタクトをとり、自分の発表予定と合わせて、見てほしい旨を伝えましょう。
- 自分が何者であるかが相手に分かるように、英文履歴書(CV)を添付しましょう。また、英語でTwitterやLinkedInのアカウントを作っておくと、より記憶してもらえる可能性が高くなります。こちらの方のように簡単なHPを作成しておくのもお勧めです。
- 学会で相手の発表を見た後に、連絡をとりましょう。相手の発表で面白かった点や、自分ならこんな実験をしてみたいというアイディアも合わせて伝えましょう。
〈公募情報サイトで探す〉
職探しは情報戦です。なるべくアンテナを広く張りましょう。公募情報サイトを定期的にチェックすると、思わぬ候補先が見つかることがあります。
例えばですが以下のサイトでは
- academic jobs online 世界中の求人がみつかるサイト
- ScholarsipDb.Net 欧米を中心としたポスドク・フェローシップ情報
- jobs.ad.uk イギリスだけでなくヨーロッパの求人も
- FineAPostDoc アメリカのポスドク情報
- TheUNIjobs シンガポール・イギリス・オーストラリアを中心とした求人
ポスドクだけでなく、博士号保持者向けの様々なポストも閲覧することができます。今後のキャリアプランの参考にもなりますので、是非、チェックしてみてください。
〈Twitterで探す〉
実は多くのPIが、公募をかける前に自分のTwitterアカウントで「こんな人を探しています」という情報を発信しています。ハッシュタグを使って#ポスドク、#求人情報、#生物系、#posdocjobなどで検索すると、個々のラボの公募情報や
Postdocs in Ausさん (@Postdocjobsaus) / Twitter
PostdocJobs.comさん (@PostdocJobs) / Twitter
のような専用アカウントも見つかります。
気になるラボのPIやメンバーのアカウントが見つかれば、さらにラッキー。ラボの日常の様子も分かるでしょう。
英語で情報を発信する
ポスドクの候補先が見つかったらPIにメールを書き、返事を待ち、オンラインミーティングで、または直接、会うことになります。相手は有名ですが、こちらは無名ですので、繰り返しになりますが「どこの馬の骨かが分かるようにしておく」ことが大事です。
メールにCVを添えることを忘れないようにしましょう。初めてCVを書く場合はこちらのサンプルが参考になります(p12-14神経科学分野、p18-19生化学分野)。日本語の履歴書とは異なり、経歴を新しい方から書くので気をつけましょう。
もしSNSアカウントを持っていないようであれば(持っていても日本語なのであれば)、この際、英語のアカウントを作ってみましょう。
〈Twitter〉
ご存知のように、テキストだけでなく、動画や画像を埋めたりリンクをはることができます。こんな風に ↓ プレゼンテーションの資料を載せている人もいます。
自己紹介をかねて、固定ツイートにこのような資料を載せるのも一つの手ですね。
〈LinkedIn〉
あまり日本人研究者には浸透していませんが、海外では研究者もLinkedInのアカウントを持っている方が多いです。公募情報の収集も可能です。
発信力も研究者として重要なスキル。
もしかしたらスカウトが来るかもしれません!
フェローシップを活用する
「人を受け入れる物理的スペースはあるけれど、給料が出せるほど財布にゆとりがないので、フェローシップがあれば来ていいよ」と言われることがあります。
受け入れ先を決めてからフェローシップを探したら、締め切りを過ぎていたということもあるようなので(参考記事)、ラボ探しと並行してフェローシップの情報も入手しましょう。
【注意点】
- 応募の締め切り。前年度と異なるケースも。
- 応募条件に「学位をとってから〇年以内」という制約がある。要件が厳しいものから順に応募する人もいる(例えば、1年目は民間フェローシップ→2年目から海外学振)。
- 雇用主は既定の最低賃金(アメリカNIHの例)を保証しなければならないが、フェローシップの金額がこれに満たない場合は、差額の支給について受け入れ先と交渉することが必要。
- 円建てなのでレートの問題が発生する。
有名なフェローシップには次のようなものがあります。
※パンデミックの影響もあり、募集を停止していたり、今後、スケジュールや要件が変わる可能性もあるので、これらの情報(2021年4月現在)は参考程度にとどめ、くれぐれも最新情報を入手するようにしてください。
【日本学術振興会 海外特別研究員(通称「海外学振」)】
資格:学位取得後5年以内、海外からも応募可、など
期間:2年間
支給額:年額450~650万円(研究費+滞在費)
※雇用関係はないので、国民保険や年金は自腹
※条件付きで、受け入れ先から追加の給与をもらうことができる
※受け入れ先での研究費の応募も可能
【HFSP(ヒューマンサイエンスフロンティアプログラム)フェローシップ】
資格:学位取得後3年以内、海外から応募する場合は在籍12ヵ月以内、など
期間:3年間
支給額:生活手当14万ドル+研究費1.5万ドル(留学先の国によって額が異なる)
【その他、民間のフェローシップ】
【海外のフェローシップ】
2020年からバルセロナでポスドクをされている方が、日本人でも応募できる北米・ヨーロッパ・オーストラリアのフェローシップ情報や海外ポスドク応募のスケジュールをブログにつづっています。是非チェックしてみてはいかがでしょうか?
ちなみに私は、フェローシップなしで雇用してもらいました。現地で2年目にAmerican Heart Associationのフェローシップに応募し、採択されました。そのラボでは、ポスドク1年目は全員、応募することになっていましたので、先輩たちの申請書を参考に書き上げました。英語でグラントを書くのはいい経験になりましたし、採択されたことが自信に繋がりました。
フェローシップが無くても、ラボのベンチが空いていれば受け入れてくれるところは多いですし、「フェローシップが無いとダメ」と言っているラボでも交渉次第で受け入れてもらえる可能性があります。「そちらで応募しますから」といってやる気を見せて、諦めずに交渉してみましょう(あっさり諦める人ではなく、粘り強く交渉できる人かどうかを見極めるために、あえてフェローシップが無いとダメという条件を提示している可能性もあります)。
情報収集が終わったら、いよいよラボとコンタクトをとりましょう。
次回はジョブ・インタビュー対策について考えます。